26・居酒屋放浪記・遭難偏
これだけの酒どころである。
鰤街道を通って海の幸もやって来る。
宿の夕食も魅惑に満ちていたけれど、やはり夜は地元の飲み屋に繰り出したい!
そう思って、出発前からいろいろ調べ、先に行きたい居酒屋を選んでからそこに近い宿を選んだ…という話はすでに述べた。
町を歩いたあと宿へ戻り、ひとっ風呂浴びてから再び町に繰り出した。
居酒屋へ行く。
周囲を山に囲まれた高山の日暮れは早い。
そしておりからの雪。
目当ての居酒屋に向けて歩き進むうち、雪の勢いは今日最も激しいものへと変わりつつあった。
目指す居酒屋は「味処 山車」。
ダシと書いて「さんしゃ」と読む。なんだか説明が逆のようだけど…。
ガイドブックにも載っているくらいだからとっても有名なのだろうが、僕らが惹かれたのは「地元客も多い」という紹介だった。
地元の人たちに人気の店が美味しくないはずがない。
気合いが入っていた我々は、夕方いったん宿に帰る際に場所をちゃんとチェックしておいた。定休日ではないこともわかっている。珍しく、いつになく用意は万全だ。
さあ、飲みに行こう!!
……ところが。
午後5時過ぎに宿を出て、暮れなずむ町をテクテク歩き、下見をした店にたどり着いても灯りがついていない……。
下一之町は比較的大きな通りである。周りには煌々と灯りのついた店が並んでいる。
ところが、我々が目指す山車だけ、まるでブラックホールのように宵闇の中に沈んでいる。
なんで???
定休日ではない。しかし店には貼紙も何もない。
中には人の気配すらなかった。
こ、これは………。
作戦の変更を余儀なくされた我々は、スーパーサブとしてベンチに控えていた「侘助」に準備運動をするよう指示を出した。
宮川朝市の通りにある店である。どちらも宿から近いので、今途方に暮れているこの場所からもほど近い。
ますます激しく降ってきた雪は、瞬く間に道路に雪化粧を施していた。歩いている我々にも雪が積もる。
これで侘助が開いていなかったら我々は……。
はたして侘助は………
灯りがついていないのだった。
!!ッ
ひょっとして、高山の居酒屋は冬季休業なのか??
定休日ではなかったことを確かめるべく、玄関脇に掲げられているメニューボードを見てみると、
開店 午後6:00〜
と書かれてあった。
今は午後5時45分。 な〜んだ、来るのが早かっただけなんだ。入り口にちゃんと「準備中」の札がある。でも、居酒屋って普通5時頃から開いているもんじゃないの??
高山では6時が普通なのだろうか。
ってことは、山車も6時から開くのでは??
そうか、そういうことだったのか!
準備運動するよう指示をした侘助を再びベンチに戻し、キレのよさを取り戻した山車の動きを見守ることにした。
再び山車へ…。
もはや雪の行軍である。
八甲田山である。
このまま道に迷ったら遭難してしまうかもしれない。
観光客、居酒屋にたどり着けず遭難
死んでも死にきれない見出しだなぁ…。
頑張って再び山車に着くと……
やはり灯りは灯っていないのだった。
夜逃げしちゃったの???
人のことを心配している場合ではなかった。これ以上雪が激しくなったら、僕たち、本当に遭難しちゃうかもしれない…。
すぐさま選手交代、侘助の投入である。
すでにどっぷりと日は暮れ、時折傍らを走り去る車のヘッドランプに照らされた雪がまぶしい。
かなりマヌケな往復を繰り返し、ようやく侘助に戻ってきた。時刻はちょうど午後6時。でも入り口には準備中の札が……。
ガラガラガラ…と戸を開け、
「もう、入っていいですか?」
すがるような声でそう訊ねると、
「どうぞ!!」
奥深い山でさまよい続け、ついに出会った人家の灯りって、きっとこんな感じなのだろうなぁ。
古い土蔵を改装した和風の店内は、ただでさえ広々としているのに、開店間もないせいか、我々のほかに客は誰もいなかった。広々としたフロアにストーブが置いてある。雪降る町をさまよい歩いたせいで、体はともかく足先が冷え切ってしまったうちの奥さんは、たまらずストーブのところまで行って足を暖めた。
そういえば、どこにでもストーブがあるなぁ。
いまややろうと思えば全館暖房なんてエアコンでいくらでもできるだろうに、高山では訪れたあらゆる場所にストーブが置いてある。こうやって手足を温めたいときにはとてもありがたい。
ひとごこちつけ、まずはビールで乾杯。
地ビールはなかったけれど、サントリーモルツの生である。モルツの生なんて、アサヒ全盛の今の世の中でそうそう飲めるものではない。
これが美味いのなんの!!
飲んだあとも歩き回り、そのあと風呂に入って、喉が渇きまくっていたこともあるだろう。ここ10年の間に飲んだビールの中で最も美味しかったといっても過言ではない。
富山〜高山間の鉄道が不通の今、海の幸は滞りなく流通しているのだろうかという危惧があったのだが、車は自在に通行しているらしい。メニューはヨロコビの海の幸で満ちていた。
海の幸はもちろんのこと、ここで我々は初めて飛騨牛の朴葉味噌焼きなるものを食べてみた。
たしかにおいしい。
美味しいけど……これっぽっち??
いかに飛騨牛が高級食材であるかがわかる。
さてこの朴葉味噌焼き飛騨牛、やはり味噌が秀逸である。小さな七輪の上に置かれた朴葉の上で味噌とからめて焼くと、食欲をそそる香りがプワワワ〜ンと漂う。
でもこれ、宿の朝食を紹介したときにも触れたけど、アルミホイルやその他、便利なグッズがたくさんある今、朴の葉っぱの役割はいったいなんなのだろう?
一度、朴の葉っぱ無しで焼いたものと、朴の葉の上で焼いたものの味比べをしてみたい…。
朴葉の香りを味わえない僕にとっての朴葉味噌料理は、すなわち味噌料理である。
考えてみると、牛肉を味噌でからめて食うってのは、普通なかなかしないよなぁ。
なんでもかんでも味噌で食う
飛騨牛の歴史は比較的新しいことからすると、このあたりは名古屋文化の影響なのだろうか??
飲んでいる間にそんな考察をしているはずはなく、猛然と生ビールを飲みまくり、やがて日本酒に突入。なにしろ今回の旅のテーマの一つである。高山で地酒を飲まずしてどうする。
高山のお酒は燗に合うという。
冷で調子に乗ると翌日死亡するのが目に見えているので、迷わず燗を頼んだ。
う〜ん、肴にあうことあうこと。
美味しい、美味しいと飲み続け、やがて僕は沈したのだった。
本当に信じる人がいると困るので、いわずもがなのことを書くが、他に客が居なかったので行えたヤラセである。
後刻ポツポツと入り始めたお客さんは、みな地元の人らしかった。僕たちの選択は間違ってはいなかった。
すっかり飲んで食べてくつろいで、店を出た。
おお……!!
入るときにはそれほどでもなかった雪が積もっている。
帰れるのだろうか??
雪がシンシンと降り積もる夜の町は、昼とはまた違って幻想的だ。
そんな帰り道、一つの発見をした。
これをご覧いただきたい。
手前側の、靴型がハッキリしているのが僕の足跡、向こう側の引きずったような足跡がうちの奥さんのものである。
いつも歩くときはズンダラズンダラ、さして早足でもない僕に「もう少しゆっくり歩いてぇ」と言いながら歩いているうちの奥さん。どうやったらそんなにゆっくり歩けるのだろうと常々不思議に思っていたのだが、その秘密は足跡で判明した。
「えー、こっちが普通でしょう?」
そう言い張るうちの奥さん。
ってことは僕の足跡がおかしいのか?
試しに道々についていた足跡を見てみると、なるほど、うちの奥さんと同じようにかかとの部分がズルッと流れている足跡も散見された。
いったいぜんたいどっちが「正しい」歩き方なのだろうか?
雪はますます降る。
昼間歩いた桜山八幡宮の参道も、一面雪の世界になっていた。
積もっている雪を見ると黙ってはいられないうちの奥さん、さっそく寝てみた。
バカオロカ
そこへ車が通りかかった。
慌てて起き上がるものの、地元の人であろう、運転していたおね―ちゃんに思いっきり見られてしまった。意図は伝わったらしく、楽しげに笑いながらおねーちゃんは去っていった。
高山の人は、リアクションもやさしい……。 |