1月15日・3

9・夜更けのアキレス腱固め

 旅行記を書くにあたり、旅行の際には小さな手帳を携帯している。
 特に何を書くというわけではないものの、すっかり衰えた我が記憶力をカバーするために、忘れてしまいそうなことを、寝る前や翌朝に順を追って書いたりすることもある。
 その手帳をチラッと見てみると……
 なんてことだ、すでに9ページに渡って旅日記を書いているというのに、まだ今回の旅行にあたって手帳に書き始めた最初の1ページ部分でしかないじゃないか。

 まあ、いいのだ。飛騨へはゆるゆるとゆくのだから。

 さて、新年会である。
 まだ新年会かよ!!
 と嘆くことなかれ。
 僕が本当に触れたかったのは、三線ではなくこれからお伝えすることなのである。それは……

 ダッヂオーブン!!

 みなさんはこの超スグレモノの調理器具をご存知だろうか。
 アウトドアを趣味にしておられる方ならともかく、キッチンに備え付けてある、なんて人は少なかろう。
 これはいったいいかなるものかというとですな、オーブンなのである。
 え?それはわかるって?
 まぁとにかくそれで作ったこの料理をご覧じろ。

 これ、タンドリー・ダック&チキン。
 昨夜肉を届けることができたからこそ、今こうして料理になっているわけである。
 その味付けの美味しさもさることながら、驚くべきはアヒルの肉の柔らかさ!
 普段元気に地を歩き空を飛んでいるせいか、モモ肉や手羽先など、食べている人間の骨をも砕くほどの硬さを誇る我が家のアヒル。ワインに浸けてもパパイヤと一緒にしても、なにをどうしても細かく切って食べる以外に方法がなかった。
 ところが、この奇跡のダッヂオーブンの手にかかると、あ〜ら不思議、どこぞの名のある地鶏といっても通じるくらいのほどよい加減に変身したのだ。
 それも、オーブンに投入してからたった30分で完成!!
 これは文字通りの優れものである。
 隣近所に気を使う必要のない我が家には、一台置いておいて損はない。

 この新年会は、一応マナーとして一人一品程度、すなわち自分の食べる分くらい、ということで各自持ち寄ることになっているのだが、素材だけをもってきた我々はともかく、みなさんはその場で食べられる様々なものを提供される。
 そのため、テーブルの上は各地の上手いもの品評会のような様相を呈する。
 どれもこれも思い出しただけで垂涎状態の品々なのだが、とりわけビッグヒットだったのが、先ほどご紹介した三線大王がお持ちになったカジキの刺身。
 これがもう、どえりゃあ美味しいんだなも。
 突如どこかの人になってしまったけれど、一切れ食べてこれをカジキだと当てられる人はよほどの食通か、普段本当に極上の素材しか食べていない方であろう。
 僕なんぞはフグを食ってもヒラメですか?と平気で訊ねるウスラトンカチである。その昔学生の頃に入った回転寿司で、クルクルまわっている既存品には食べたいものが見あたらなかったので、メニューを見ながら店員に一言
 「カジキ!」
 すると店員、眉一つ動かさず、
 「そこにあります」
 僕の目の前をさっきから何度も通り過ぎていた2カンの握りこそがカジキなのだった。僕はカジキが白身であることをそのとき初めて知った。
 ヘミングウェイの「老人と海」のなかで、老人が懸命に戦ったのがこのカジキである。そうかこれがカジキであるか。襟を正して食してみたところ……
 うーむ……。
 カジキがマグロ漁の外道であるということがよ〜くわかった。
 以来、カジキというのはステーキなどのように火を通した料理に合う魚なのであると思い込んでいた。
 ところが。
 この刺身の美味しいこと美味しいこと。
 脂が乗っているというのだろうか。
 活きがいいというのだろうか。
 とにかくその場に居合わせたありとあらゆる人のカジキに対する認識を大幅に改めさせたのはたしかである。僕なんぞは、教えてもらえなければいまだに
 「あのめちゃくちゃ美味しかった刺身……」
 で終わっていただろう。

 さてさて、夜は更けていく。
 家族で来ている人、子供を連れてきている人が、徐々に帰路につきはじめる。
 やがて宴席には、家主である先輩と、三線大王、我々夫婦、そしてかつて同じ職場で師弟コンビだったけれど今ではともにその職場を辞め別々の道についているという二人が残るだけとなっていた。
 すでに時刻は午前2時を回っていた。
 こんなに遅くまで申し訳ないとは思いつつも、我々は昨年に続きこの先輩宅に泊めてもらい、翌日ここから直接那覇空港に向かうことになっているので、「では!」といって帰るわけにはいかない。
 で、草木も眠る丑三つ時。
 大勢があちこちでいろんな話をしているときには、なかなか核心に触れる大事な話というものはできず、いろんな人といろいろ話したいと思うわりには当たり障りのない話だけに終始して不完全燃焼、ということになるのだが、4、5人だとその点じっくり語りモードになる。
 さあ、海のこと、仕事のこと、人生にまつわるいろんなことを………

 と〜ころが。
 まずいことに、先に紹介したこの二人というのが、大昔から大の格闘技ファン。力道山、大山倍達から山本KIDまで、古今東西の格闘技事情について、僕が知りたいことをなんでも応えてくれる人たちである。
 ファンというよりも、すでに一段高みに行って、もっともっと広く奥深い視野で格闘技界を眺めているので、こういう人たちの解説付きでプライドとかを見ていたらさぞかし面白いに違いない(ちなみにこのうちの一人は、ハワイ旅行記で「僕にK−1の面白さについて教えてくれた」と紹介している人物である。さらにちなみに、その人こそが掲示板でおなじみ、ハッスル2氏である)。

 そんな彼らに、つい水を向けてしまった…。
 あとは怒涛の格闘技談義。2時過ぎから誰もが熱中して語り始め、おまけに技の実演まで……。なんで午前3時にアキレス腱固めをかけられにゃならんのだ……とは思いつつも、

 プロボクサーの右ストレートを見て、「ちょっと打ってみてよ」とかいって顔を突き出す人はいないでしょ。でも、プロレスの技とかになると、たいていの人が「ちょっとかけてみてよ」っていうわけよ。本当に効くのか?っていう思いを誰もが持っているってことなわけ。でもね、本当にやったら痛いどころじゃないのよ、これは…。

 真面目な顔をしてそう語られると、フムフム、そうですか、はぁ、なるほど……と頷き、黙って足をさしだすしかないのだった。ちゃんと競技としてのルールがあるにもかかわらず、「なんでもあり!」と過剰宣伝をする昨近の格闘技界、ことにプライドに対する深い警鐘を鳴らす話の中の一コマである。
 でも…真面目な顔をしているけど、酔っているんだもの、力の加減が……
 Tさん、痛いですッ!!

 そうやって時は流れ、ようやくみんなが去っていった。
 時刻は午前4時。午後3時頃から一番乗りのお客さんの来襲に遭った家主の先輩はさぞかしお疲れのことだろう。申し訳ない……と思っていたら……
 そこからDVDの話になっていくのだった(以前のログ参照――といってももう見られないけど)。

 こうして夜は更けていく……のを通り越し、冬の沖縄の空はすでに朝の気配を湛えていた。
 もちろん、寝る直前に秘密のドリンクを飲んでおいたのはいうまでもない。