9・朝の横浜散歩

 宿泊に際して、このホテルでの朝食券が用意されていた。
 和食、洋食いずれかを選べるようだ。
 和食はセットメニュー、洋食はビュッフェのようである。

 目覚めは快調だったとはいえ、さすがに昨夜あれほど飲み食いしているので、ここはひとつ洋食のビュッフェにいき、ヨーグルトやジュースなんぞを軽く飲んで済ませよう………。

 ……と思っていたのだが。
 ズラリ並ぶメニューを前にするや途端にやる気モードに火がつき、結局スクランブルエッグだのベーコンだのサラダだのを普通にたらふく食べてしまった。
 もちろんジュースは二丁拳銃のように持ってなん往復もお代わりしたけれど…。

 食後は腹ごなしに散歩でもしよう。
 この日11月3日は結婚式当日ではあるけれど、すべては午後からである。午前中はたっぷり時間があるのだ。
 まずはホテルニューグランドから程近い山下公園に行ってみよう。
 朝まだ早い休日の山下公園は、道行く人も少なく、おだやかな日差しとあいまってとっても心地いい空間だ。

 そしてすぐ海というところもいい。
 ホテルを出てものの数分と経たぬ間にこういうシーンに出会った。相変わらず鳥とみれば誘蛾灯に集まる蛾のようにフラフラ〜と近寄っていくうちの奥さん。 

 さて、ここはどこでしょう??
 はい、正解。
 氷川丸です。

 なんだ氷川きよし、いつの間にこんな豪華な船を持つほどにまで売れているのだ?などと勘違いする人はいないだろうけれど、じゃあ、どうして氷川丸って有名なの?ってことを知っている人もそう多くはないだろう。
 詳しいことは(詳しくないけど…)
こちらをご参照ください。

 こちら…をご覧になった方はおわかりのとおり、3年前はこの氷川丸のそばにある桟橋から、横浜港を遊覧してまわるシーバスなんぞに乗り、かもめに餌をやりながらみなとみらいへと向かったのだった。
 だからあのときは山下公園をほとんど歩いていないのだ。
 昨日一日でなんとなく横浜を知った気になったつもりでいる僕たちは、この山下公園も歩いて制覇することにした。

 休日の朝の山下公園、歩いている人といえば犬の散歩をしている人くらい。でもその数がやたらと多い。
 まるで犬の展覧会のようだ。
 どれもこれもしつけの行き届いた犬たちで、飼い主のいうことをビシバシ聞いている。だから多少リードを離しても、突如脱走したり他の犬に襲い掛かったりなんてことはしない。よく手入れされている芝生の上を楽しそうに、心地よさそうに歩いたり座ったりしている。

 そんななか、とてつもなく巨大な犬に出会った。
 セントバーナードだ。
 残念ながら飼い主はハイジではなかったけれど、久しぶりにナマでみるこの巨大さ。

 賢者のようなその風貌、さぞかし老犬なのかと思いきや、

 「2歳半です…」

 へ?そんなに若いんですか?

 「まだ大きくなるそうです。」

 ひょえ〜〜。
 70キロぐらいになるそうである……。

 海沿いを歩いてみる。
 波打ち際には、白いヒトデがたくさんいた。海草もユラユラしている。
 そこに堆積している砂は、さすがに黒い。海といえば白い砂浜しか知らない島の子たちに、こういう海も見せてあげたい気もする。

 そのまま歩き続けると、ほどなく山下公園は終了した。
 腹ごなしというにはなんとなくまだ物足りないので、引き続き海沿いに歩き続ける。
 大桟橋やら赤レンガ倉庫やらを右手に見つつ、テックテック歩く。

 このまま歩き続けたらみなとみらい21だ、というあたりで路上の地図を確認し、そろそろ町中に入ってみることにした。
 テケテケ歩くと、そこは馬車道通りというところだった。
 なにやらこの日はお祭りらしく、通りは準備に大わらわという感じでかなり活気に溢れている。人力車が普通にあって、どうやら馬車らしい車も止まっていた。
 楽しそうじゃないか。
 今朝方味わった後の祭りよりは、やはりこういうお祭りのほうが楽しい。
 でもここで長居をするわけにもいかない。 

 やがて、隊長の遅い目覚めに付き合っていたオチアイから電話がかかってきた。

 「今どちらですか?」

 んーと、馬車道通りってところあたり。

 「え?そんなとこまで歩いていったんですか??」

 歩いてくるにはえらく遠いところだったらしい。
 ともかくこのあと中華街の中にあるよしもとおもしろ水族館で落ち合うことにし、我々は中華街を目指す。

 このあたりの街中には、かなり古風な建物が保存状態よく残されていて、今も現役で使われているってところが素敵だ。
 古くなればすぐ取り壊し、新しい建物を建ててばかりいる日本にあっては珍しい。
 きっと大阪の中ノ島あたりもこういう感じなのだろうけど、大阪は記憶にないのでよくわからない。
 とにかく建物が芸術作品のような古い建物が美しく現役でいる街というのは、どっしり腰の据わった都会という雰囲気が出てくるものだ。天にも届けとばかりにやたらと高層のビルを建てるだけが都市のありようではないと思う……。

 森に包まれた横浜スタジアムの脇を通り、テクテク歩いているうちに中華街に突入。
 休日の中華街といえどもやはり朝はまだ人もまばらだ。歩いていて随分心地いい。
 そして、水族館の入り口のところで、タイミングよくオチアイたちと合流した。
 さあて、水族館でも見てみるか。
 が。
 水族館は11時からのオープンなのだった。
 現在時刻10時20分。
 別に、何が何でも水族館というわけではなかったので、その場を後にした。

 中華街をテクテク歩く。
 さすがに人が増えてきた。
 いたるところでデデンと存在している各店の有名どころについては、違いのわかる男がいちいち解説してくれる。
 通りでは、ぎこちない日本語で天津甘栗の試食を進めている人が多かった。
 これ、僕は甘栗が大好きだから試食させてくれること自体はいいんだけど、ちょっと困ることもあるのだ。
 中華街には、トイレはおろかゴミ捨てがないのである。
 トイレなんて、さすがよしもとというべきなのか、そのビル自体の思想なのか、水族館が入っているビルに「有料トイレ」なるものがある以外、どこにも公衆トイレなんてない。これだけ観光客が来ているというのに、だ。
 地域の人たちで「公衆」のトイレを掃除するなんて公共の精神は、おそらく中国人社会にはないのだろう。いやあ、水納島の人たちってえらいなぁ。

 トイレはおろかごみ箱がない。
 そのため、半分剥かれた甘栗を受け取ったが最後、食べた後はその殻を捨てる場所がないのだ。
 どうせえっちゅうねん。
 一度受け取って食べてみたものの、殻の始末にずっと困ってしまったので、以後二度と食べるのはやめた。
 中華街の人々よ、商売熱心もいいけれど、公共の精神も培ったほうがいいぞ、絶対に。<中華料理屋で「気持ち悪い〜」などとうめくヤツに「公共の精神」を問われたくないあるよっ。

 テケテケ歩いていると、こういうものを見つけた。

 北京ダックだ!!
 脂が滴ってる!!
 美味そうだなぁ……買いたいなぁ……。
 北京ダックだけなら充分日持ちするだろうけれど、いかんせん、それを包む皮は要冷凍。おそらく沖縄で手に入れるのは…というか、水納島にいてそれを手に入れるのは難しかろう……。断腸の思いであきらめざるをえなかった。

 あてどなくさまよいつつ、我々はホテル近くに戻ってきた。
 すると……!!
 なにやらホテル周囲の様子がおかしい。
 なんだかやたらとものものしくなっているのだ。
 明らかに警備関係者と思われる黒スーツの男たちや、制服警官がホテル周辺をウロウロしている。

 なんでなんで?そんなに今日のリーダーT沢さんとブク嬢の結婚披露宴は要警戒なの??それほど酒乱を恐れられているの???

 警備はさらに厳重になっていった。
 ホテルのロビーには、イヤホンを耳につけている人がたくさん。
 周囲の横断歩道はやがて交通遮断。
 いったい何が起こるというのか??

 はたしてリーダーT沢さんたちの結婚披露宴はどうなるのだろうか??  

 ちょうどそんなときだった。
 携帯電話が鳴った。
 はて?誰から??

 あ、またお坊様だ!!

 「社長、ネクタイはどうなりましたか?」

 え?いや、昨日結局ホテルの売店で入手できましたけど……

 「いやね、まだ手に入れてなくて困っているんだったら、ちょうど仕事で出てるんでこれからお持ちしようと思ったんですけど……」

 いやそんな!
 たとえネクタイをまだ手にしていなくとも、まさかホテルまでネクタイを届けてくれなんていうわけないじゃないですか……。

 あっ!!
 そうか…お坊様ったら、そうやってまたこの旅行記に登場しようと……?

 読者もおそらく登場してほしかったに違いない。
 が、心配御無用である。このあとイヤというほど登場してくれるのだから……。