全長 100cm
その昔、「インドの狂える虎」ことタイガー・ジェット・シンが入場する際、肌身放さず持ち歩いていたサーベル……のようなこの魚は、その名をアオヤガラという。
リーフ上でも姿を観ることがあるから、スノーケリングでも出会うことができる。
そしてその存在に目ざとく気づかれたゲストが、不思議そうな顔をしてお尋ねになることがある。
「あれはイカですか?」
ダイバーのみなさんには当たり前に魚に見えても、スノーケリングのゲストからすれば、魚だと即断するにはアオヤガラなど異形も異形。
でもいくらなんでも、イカに見えるか?
あ………見えるかも。
ハンター・アオヤガラ
イカに見えるかどうかはともかく、いかにも弱々しげでヒョロヒョロしていて頼りなさそうに見える彼らアオヤガラも、やはりヘラヤガラ同様なかなかのハンターだ。
特に待ち伏せ作戦も得意らしく、砂地のハゼを狙っているのか、ハゼの巣穴の前で、じっと息をひそめていることもある。
別の時に撮った写真でもう少し接近。
白い円内に共生ハゼの巣穴がある。
普段は近づくとヒョイと身を翻して逃げていくアオヤガラなのに、こういう際には周りが見えていないのか、近寄っても逃げようとはせず、動かざること山のごとしでジッとしている。
普段はとてもここまで近寄れない。
この集中力だもの、巣穴からヒョッコリ顔を出したが最後、ハゼはひと飲みにされてしまうに違いない。
もっとも、アオヤガラたちがいつもこのようにそこらじゅうでハゼ待ち態勢でいるわけではない。
むしろ桟橋脇で群れているミジュンやハララーを求め、時に激しく襲い掛かることもある。
アオヤガラに下からエイヤッ!と襲われたミジュンたちは……
…水面上に活路を見出す。
夏から秋にかけて桟橋脇にミジュンやハララーが群れているときは、このようにミジュンたちが飛び跳ねるシーンがしょっちゅうある。
ミジュンたちがシャーッ……という音とともにたくさん飛び跳ねると、かなり壮観だ。
ガーラの若魚たちとともに、アオヤガラはこのシーンの演出にひと役買っているのだった。
ちなみにこの場所は波打ち際からすぐのところで、アオヤガラは背が立つくらいに浅いところまで来て、コバンアジやギンガメアジの若魚と一緒に泳いでいることもある。
一方リーフの外では、何を血迷ったかグルクンの群れにスルスルスルスル…と向かっていくこともある。
ミジュンサイズだったらアオヤガラが狙うのもよくわかるけれど、グルクンだなんてあなた、そりゃいくらなんでも無理っしょ……。
しかし当の本人はいたって真剣なご様子。
ひょっとしてゲットするのかも…
…と思って観ていたら、やっぱり無理だった。
先述のとおり、アオヤガラはリーフの上でもよく観られる。
今のようにリーフ上にミドリイシ類をはじめとするサンゴが群生していると、そこにはたくさんの小魚が集まるから、アオヤガラたちはリーフエッジ近辺にいれば食事は事足りる。
ところが98年のサンゴの大規模白化でリーフのサンゴのほとんどが死滅してしまったあとは、リーフエッジ近辺の小魚たちが激減してしまった。
エサ不足という窮地に追い込まれたアオヤガラたちは、活路を求め砂底のハゼたちにまで食指を伸ばし始めた……
アオヤガラが砂底でジッとハゼ待ちをするようになるまでには、そんな経緯があった(ような記憶がある)。
リーフ上のサンゴが随分復活するまで、死滅後から10年以上を要したから、リーフエッジ近辺のエサ不足は相当深刻だったことだろう。
海水浴場エリアでさえフツーに暮らせる魚が、水深20mの砂底でジッとハゼを待っているだなんて、アオヤガラたちも生き残るために必死だったのだ。
といいつつ、サンゴが復活して小魚が増えた今でもなお、砂底でハゼ待ちをしているアオヤガラをたまに見かけるところをみると、彼らのもともとの習性なのかもしれない。
寄り添うアオヤガラ
たいてい単独で観られるアオヤガラも、夕刻前の日が傾き始める時間帯などなにかの拍子に、リーフエッジ付近で10匹以上集まっていることもある。
斜陽のリーフ際などでアオヤガラが群れているのを逆光で眺めると、なんだか神々の沈黙の艦隊って感じでカッコイイ。
同じヤガラでもヘラヤガラではそういうシーンは観られない。
そのかわり、アオヤガラはヘラヤガラのように他の魚などに寄り添うことはないなぁ…
…と思いきや。
アカウミガメにピッタリ付き従っているアオヤガラがいた。
アカウミガメはワタシのことをさほど気にせずどんどん近寄ってきたのだけれど、あいにくアオヤガラはダイバーの姿に危険を感じたらしく、ここまでずっとカメに寄り添っていたのに、ワタシに近づく前にカメから離れてしまった。
実は太いアオヤガラ
ところでこのアオヤガラ、横から観ると細いサーベルのように見えるけれど……
上や下から見ると、横からのイメージに比べ随分太い。
沖縄ではヒーフチャー(火を吹く者)と呼ばれるアオヤガラの身は肉厚で、ブツ切りにして唐揚げでいただくとジョートー、ということで知られており(刺身も美味しいけれど、背骨のひとつひとつに横に張り出すトゲがあるため、三枚におろすのが面倒くさい)、桟橋脇でミジュンを襲っているアオヤガラたちは、ときとして島のみなさんに釣られている。
これは、クロワッサンのドレイ(当時)フカガワ水産が、ミジュンを餌に桟橋で釣り上げたアオヤガラ。
まさに弱肉強食。
アオヤガラのカモフラージュ
このように食われる側になることもあるアオヤガラなので、礫が転がる海底付近でジッとしているときなどには、目立たないように体色を変えている。
斑状の縞々は、サンゴ礫や死サンゴ石が転がる海底で隠蔽効果は抜群だ。
でもワタシにバレていることに気づくやすぐにその場を離れる彼は、10秒もかからずにサッと色を変える。
なかなかのワザ師。
そんなアオヤガラにもちゃんと子供の頃がある。
10cmそこそこのチビターレ。
リーフの外でも20cmほどのチビが数匹集まっているのが観られることもあるけれど、ビーチや桟橋脇のほうが出会う確率は高い(シーズン中)。
そのチビターレ、自在に変えられるらしい体色の濃淡よりも、注目すべきはその尾ビレだ。
オトナの尾ビレの先は針のように細長くなっているだけなのに対し、これくらいのチビターレの頃は、開閉できるような作りになっているようなのだ。
↓これがちょっと広げているとき。
そして↓これが細くしているとき。
観ている間、彼はこの尾ビレを広げたり閉じたりしていた。
画像じゃ雰囲気がつかめないだろうけれど、見ようによっては枯れた海草って感じだったので、ひょっとして幼魚の頃だけの擬態作戦なのかもしれない。
こんなチビチビがでっかいオトナになるまで、どれくらいの年月がかかるのだろうか。