水納島の魚たち

エリグロギンポ

全長 6cm

 カエルウオの仲間はどれもこれも、正面から見ればカワイイ。

 でもよくよく見ると、実はおかしな顔であることがだんだんわかってくる。

 このエリグロギンポも、たいがい変な顔だ。

 眼の上にあるオモチャのアンテナのような突起なんて、もはや冗談としか思えない。

 ファインダーの中で真面目にこんな顔をされると、つい笑ってしまうためにピントが合うまで時間がかかってしようがない。

  魚たちの防御術には多々あれど、笑わせて相手の戦意を喪失させるってのは、ある意味かなり高度な作戦かもしれない。

 こんなに愛嬌のある顔をしているのに、ヒトスジギンポやイシガキカエルウオに比べると、エリグロギンポはダイバーにはあまり注目されない。

 彼らが絵になる場所になかなかいてくれない、というのも理由のひとつかも。

 リーフ際の死サンゴ礫が転がるようなところに多く、イシガキカエルウオやヒトスジギンポのように、サンゴの上にチョコン、というシチュエーションがなかなかないのだ。

 そもそも、全身をつぶさに観る機会があまりない。

 面白い顔をしているわりには警戒心が強い子が多いので、近づくとすぐに逃げて巣穴に隠れてしまうのだ。

 でもなかにはフレンドリーな子もいて、気安く全身を撮らせてくれることもある。

 ところで和名の「襟黒」というのは、背中(後襟)にある黒点に由来していると説明されていることもあれば……

 衿元が黒いからだという話もある。

 イメージ的には、こっちが「襟黒」っぽい。

 すぐ逃げてしまうことが多いエリグロギンポとじっくりお付き合いできるのは、彼らが穴の中から顔を覗かせている時、ということになる。

 ただし穴に入っている彼らをよく観ると、繁殖期ならこういう場合もある。

 小岩に開いた小さな穴は、彼らの隠れ家であると同時に、二人の愛の巣でもあるのだった。 

 エリグロギンポの巣穴は、隠れ家であれ愛の巣であれ、このように顔より少々大きいくらいの間口であることが多いのだけど、時には広い玄関の家に住んでいる子もいる。

 相変わらず変な顔だ、エリグロギンポ。

 ん?

 奥になにやら粒々状のものが見える。

 ひょっとして……??

 卵だ!!(近寄りすぎているため、エリグロギンポは巣穴の内側に隠れてます)

 発生段階の異なる卵が、穴の内側に、意外に疎らに産みつけられていた。

 おそらく異なるメスを巣穴へ誘ってのことなんだろうけど、この様子を観るかぎりだと、先に産んである卵の合間合間に産みつけているようだ。

 卵を守るのはおそらくオスのシゴトだろう。てことは、巣穴からひょっこり顔を出しているだけに見えたさきほどの子は、卵保育に余念がないエリグロパパだったのだ。

 巣穴の間口が広いため、自然光も多少は入るので、肉眼で覗き込んでも卵の存在がわかるほどだった。

 その分卵を守るのも大変だろうに、エリグロパパはまるで胸ビレで通せんぼするかのように、健気にカメラに対峙しているのであった。

 そうやって大事に育まれた卵はやがて孵化し、梅雨頃になるとエリグロギンポのチビチビたちが目につくようになる。

 オトナ同様フォトジェニックなところにいてくれることはまずないものの、つぶらな瞳が幼魚幼魚していてなんとも可愛いチビターレである。

 追記(2023年5月)

 4月になると何がスイッチになるのやら、俄然やる気モードになる各種ギンポたち。

 でもこれまでエリグロギンポに関しては、ペアで同じ巣穴にいたり、卵を守っているところを観たりしたことはあっても、やる気モードになっている様子を目にしたことは無かった。

 ところが今年(2023年)4月、岩場のポイントの長く伸びる根の上を徘徊していたところ、やたらと存在感を放っているエリグロギンポに出会った。

 普段は巣穴から顔を出しているか、チョコンと岩の上に乗っているか、岩から岩へピョピョピョ〜ッと素早く移動するかくらいのエリグロギンポが、垂直状態でホバリングを続けていたのだ。

 しかもヒレの色が普段と全然異なり、やたらと派手になっている。

 オレを見てくれ!といわんばかりに垂直になってピョンコピョンコと上下動を繰り返していることといい、このハデハデカラーといい、これはメス相手のやる気モードに違いない。

 カメラを向けてもずっとピョンコピョンコしていたエリグロギンポ、ふと我に返ったのか着地した。

 着地してもやる気モードだ。

 いやはや、こんなに綺麗になっているエリグロギンポを見るのは初めてのこと。

 このあとどうしたわけか、彼はピョンコピョンコしながら自分からカメラに向かってどんどん近づいてきたので、ワタシは後退せねばならなかったほど。

 しかも、あくまでもカメラ目線。

 ひょっとして、レンズポートに映るオノレの姿をライバルと勘違いして、戦いを挑んでいたのだろうか?

 戦を挑んだはいいものの、ホントの事情を察したのか、それとも最初からそれが目的だったのか、先ほどまでワタシの真下にあったらしい隠れ家に引っ込んでいった。

 単に家に戻りたかっただけ?

 それにしても、エリグロギンポも他のギンポと同じく、やる気モードになったら多少は色味が変わるのだろうとは想像はしていたけれど、予想以上に美しかったのでビックリ。

 このようにがんばっているオスたちがやがて念願を成就させれば、本文中で紹介しているような卵が観られるようになるのだから、彼以外にもそこかしこでがんばっているであろうオスにもメスにも、陰ながら声援を送ろう。