全長 40cm
初めて目にしたとき、誰もが目を奪われる魚、ハナミノカサゴ。
一度見たら忘れられないその姿……そういった魚はチンアナゴやカエルアンコウなど他にもいろいろいるけれど、ハナミノカサゴのインパクトも相当でっかい、サイズもでっかい。
ライオンフィッシュという英名も、そのインパクトゆえなのだろう。
ダイバーなら最初に講習で危険生物のひとつとして教わるから、この魚が背ビレや胸ビレの棘に毒を持っていることもよく知っている(棘はウェットスーツ越しでも刺さる)。
人間でも刺された場所が大きく腫れ上がってしまうほど毒は強い。
ハナミノカサゴにちょっかいを出すと、背ビレの棘を前面に押し立ててこちらに向かって来るところをみると、自らの毒が武器になることを、ハナミノカサゴも知悉しているようだ(ハナミノカサゴが最初からダイバーに対して害意を持つことはないです)。
毒棘で守られた完全防備の肉食魚、ともなれば貫禄が出てくるのも当然で、オトナのハナミノカサゴの泰然自若ぶりは、ある種の神々しさすら感じさせるほどだ。
もっとも、朝夕の時間帯に捕食活動で活発になるハナミノカサゴも、日中はむしろおとなしくしていることのほうが多い。
おとなしくしているといっても、他に誰もいないところで人知れず潜んでいるわけではなく、リーフ際や砂地の根など、餌となる小魚たちが多く集まっているところにいる。
面白いことに、目立たぬようジッとしていたいときのハナミノカサゴは、体色をかなり地味にしている。
これは、知らずに近づいてきたうっかり八兵衛を食べるためのカモフラージュなのだろうか。
それとも、身を守るため?
根の住人たちにとってハナミノカサゴはよそ者なので、根のボスには目の仇にされている。
不用意に目立ってしまうと上の動画のようにハタ類に追い払われてしまうから、普段はおとなしく目立たないようにしていたほうが無難、ということかもしれない。
体色を変えるのはあっという間で、上の状態のときにちょっかいを出したら、すぐさまその場を離れつつ、体色がノーマルになる。
地味になっているのはサンゴの裏や岩陰にいるときとは限らず、サンゴの上にいるときでも地味になっていることもある。
基本的に、静止しているときには地味になっていて、ゆっくりであれ能動的に移動しているときはノーマルカラーになっているフシがある。
そんなハナミノカサゴの体色変化を追ってみた。
中層を悠然と泳いでいたハナミノカサゴが、とあるサンゴにたむろする小魚たちに気がついた。
サンゴの上で群れている小魚たちは、大きな魚影の接近に気がつくと、たちまちサンゴの枝間やサンゴの下に身を隠す。
そうやって隠れた魚を凝視するハナミノカサゴ。
そしてロックオン。
このとき体色に変化が見られる。
そしてロックオンしながら、体色がハッキリと変わっていく。
横から観ると……
最初と比べてかなり違った色になっている。
ロックオン状態のまま、身を乗り出すようにしてサンゴの中央部を覗き込むハナミノカサゴ。
その様子に何かを感じたのか、別のハナミノカサゴが……
「なんだなんだ、どしたどした?」とばかり駆けつけてきたのだった。
どう考えてもこれは休憩しようという動作ではないし、地味モードとはまた異なる色に見える。
興奮モードなのだろうか。
余談ながら、このときハナミノカサゴが乗っているサンゴは、この8年後には……
こんなにでっかく育っていた。
その頃にはサンゴに集まる小魚も増え、ハナミノカサゴにとってはかっこうのご馳走ゾーンになっていたのだけれど、残念ながら2020年頃から始まったミドリイシ系の相次ぐ不審死がこのサンゴにも及び、今や見る影もない(影だけはありますが…)。
このように小魚が集まる根にいるハナミノカサゴが1匹2匹ならともかく、特にスカシテンジクダイやキンメモドキなどが多数群れ集っている砂地の根では、ハナミノカサゴ祭り状態になっていることもある。
画面に入っているのは3匹だけながら、この3畳くらいの根には、大小合わせてハナミノカサゴが10匹もいた。
どれほど多くいても日中にはのんびりしていることが多いハナミノカサゴたち。
でも朝早めの時間帯では、かなり戦闘的にプレデターモードになっていることもある。
観ている分には優雅なハナミノの舞ってところだけど、追われているスカテンたちにしてみればたまったものではないだろう。
ハナミノカサゴたちは繁殖の際には大集合するらしい。お祭り騒ぎになっている根では、小魚が群れているかぎりほぼ年中集まっているってことは、彼らは年中繁殖しているんだろうか?
ちなみに、ハナミノカサゴの口はでかい。
こんな口のプレデターが10匹前後もたむろしていたんじゃ、根に集う小魚たちもたまったもんじゃないだろう……
…と思いきや。
小魚たちがたくさん群れ集っている根にいるハナミノカサゴが、突如素早い動きをした。
なんじゃらほい?とそいつを観てみると、何かくわえている。
あ、カニだ!!
この脚の模様からすると、どうやらミナミトゲアシガニのようだ。
桟橋脇にいるハナミノカサゴが、桟橋のコンクリート壁にいるカニに襲い掛かるのは観たことがあるし、カサゴ・オコゼ類が甲殻類を食べることは知ってはいた。
けれど、餌となるであろうスカテンがこんなにたくさん群れているところで、なにもわざわざカニなど追わなくても…
というか、意外に小魚よりもエビカニ派なのだろうか。
そういえば、砂底を徘徊しているハナミノカサゴが一点を凝視し、両ヒレで何かを包み込むように広げて一人追い込み漁をしているところをたまに見かける。
狙いは小さなハゼたちか、はたまたエビカニたちかのか。
一方で、夕刻など随分暗くなっているときには、リーフ際で川のように群れているキビナゴを求め、中層を悠然と泳いでいることもある。
また日中でも、昼なお暗い岩陰では、そこに集まっているハタンポのチビを狙うハナミノカサゴが優雅に舞っていることもある。
やはり小魚も彼らの重要な餌なのだろう。
その役に立つのだろうか、ハナミノカサゴの眼の上には、疑似餌としか思えない皮弁がついている。
拡大。
そう思って見るからか、疑似餌にしか見えない。
実際、意味ありげにこの皮弁を見せているっぽいハナミノカサゴを見ることもある。
体色を地味にしてこの皮弁だけ目立つようにすれば、餌と間違えたうっかり八兵衛がやって来るのかも。
ただ。
この皮弁、若い頃はまったく形が異なるし……
老成魚には、そもそもこの皮弁がない者もフツーにいる。
……というか、老成魚の場合、皮弁がついているほうが珍しいくらい。
体が小さい若い頃は、疑似餌のせいで自分より大きな魚が近寄ってくるといささか危険を伴うからむしろ不必要なのはわかる。
でも皮弁が無くても立派に大きく成長しているのなら、そもそも生活の必須アイテムではないのかもしれない。
お馴染みのようでいて、今なおナゾが多いハナミノカサゴなのだった。
ちなみに、沖縄の海にはミノカサゴはほぼいないといっていいので、水納島で観られるのはみなハナミノカサゴだから困らないけれど、南の魚も季節来遊する本土の海では、ミノカサゴとハナミノカサゴの幼魚や若魚を区別する際に、ヒレの点々模様のほか、この皮弁の長さも参考にするらしい。
貫禄たっぷりのハナミノカサゴも、若い頃は体が細く、各ヒレも長く、なかなかの貴公子ぶりを見せる。
これで10cmくらい。
もう少し成長すると、↓こんな感じ。
これで15cmくらい。
このサイズの頃は体を黒っぽくしていることが多い。
岩の上にいると冴えないかわりに、派手なヤギ類に居てくれると黒さも光る。
これよりもさらに小さい頃は、とってもエレガント。
これで体長5cmくらいで、胸ビレにはオトナには見られない水玉模様が入っている。
こんだけ小さいとさすがに中層を泳ぐことはほとんどなく、根や岩の脇の海底にヒッソリとたたずんでいる。
オトナはそれこそ当たり前にいるハナミノカサゴながら、これくらいのチビターレとなるとそうそう出会えるわけではない。
これよりもさらに小さな極チビターレになると、出会いは千載一遇級の貴重な体験だ。
3cmほどのチビチビは、天から舞い降りた羽衣のよう。
5cmくらいのチビでも相当カワイイけれど、ひとたびこのサイズのチビチビの可愛さを知ってしまったら、5cmほどのチビに出会えても、
「ああ、もう少し前に出会いたかった!」
と、妙に残念に思ってしまう自分がいるのだった。