水納島の魚たち

ヒフキアイゴ

全長 25cm

 南国の魚たちは基本カラフル。

 地味な魚というイメージが先行しがちなアイゴたちにも、亜熱帯の海ともなると鮮やかな装いの魚たちがいる。

 黄色い体に黒斑模様がよく目立つヒフキアイゴもそのひとつ。

 水納島では岩場のポイントで会うことができ(砂地のポイントで出会うことはまずない)、たいていペアでけっこう広範囲を泳ぎ回っている。

 1ペアごとの縄張りが広いためかヒフキアイゴはそこにもあそこにも、というほど個体数が多いわけではないのだけれど、縄張り内にはいつも同じペアがいるから、同じ場所で潜ると同じペアにしょっちゅう会うことになる。

 冒頭の写真のペアも、近年の「いつも会うペア」だ。

 なんで個体識別できるのかといえば、その体側の黒斑。

 ヒフキアイゴたちはそれぞれ配色は同じでも、黒斑の形には個体差がある。

 このペアはその黒斑の形が……

 ハートマーク♪ 

 ハートというのはいささか強引かもしれないけれど、他のヒフキアイゴたちの黒斑ときたら、何かに例えられるような形ではないことのほうが多い。

 なのでフツーはペアに会ったからといって……

 次回会ったときに、これと同じペアだと識別できるほど印象には残らない。

 それに比べれば、どこからどう見てもハートでしょう?(共感強要)

 おまけにこのペアときたら、雌雄ともにハートマークなのだ。 

 この黒斑は体の左右で極端に形が異なるということはないので、ハートマークペアも、左右どちらから見てもハート。

 ただ、ここ数年観ているうちに(2020年現在)、成長するにつれてハートマークが崩れてきた感もある……。

 でもいつ見ても、2匹の間からハートマークがポヨヨンと浮かんできそうなほど仲がいい。

 恋に落ちたこの2人がそのままペアで産卵行動をする……

 ……というわけではなさそうな気配があるヒフキアイゴ。

 というのも、八重山や慶良間など魚影が濃い海域では、ときとして日中にこのヒフキアイゴの大集団が観られるというのだ。

 その昔、87年に刊行されたヤマケイの「世界の海水魚」では、アイゴの仲間の扉ページだったかでこのヒフキアイゴの大集団の写真があった。

 当時学生だったワタシは、いずれ自分もこういうシーンに遭遇できるかも……と図々しくも淡い期待を抱いたものだったのに、それから33年経ってもいまだに目にしたことはない。

 にもかかわらず、ネット上ではヒフキアイゴの集団産卵の様子が動画で観られたり、多数が群れ泳ぐ様を捉えた写真を見ることができる。

 白昼堂々のこの集団産卵、やはりこれはそもそも島のサイズに応じたヒフキアイゴの生息域の広さと、それにともなう個体数のモンダイなのだろうか。

 水納島のように小さな島ではペアがポツポツいるくらいだと総数が多いはずはなく、集団になろうにもなれないのかもしれない。

 それならそれで、ペア産卵でいいから一度くらいは観てみたい……

 …と思っていたおり、今年(2020年)の初夏に、メスのお腹がはち切れんばかりに膨らんでいるペアに出会った。

 あいにく後ろ向きながら、右側の個体のお腹の膨れ具合いが尋常ではないことがおわかりいただけよう。

 彼女がヒフキアイゴ界の渡辺直美だとかいうオチでもないかぎり、これはどう見ても産卵前の卵満杯状態に違いない。

 一方オスはというと……

 なんだか黒斑がボヤヤンと滲んでいる。

 これはもしかして、繁殖期の興奮モード?

 …と思いかけたものの、ネット上で観られるヒフキアイゴの群れの写真を見ても、このように黒斑が滲んでいる個体は滅多にいなかった。

 オスの模様はともかく、このペアにずーっとついて行けば、ペアであれ多少の集団であれ、産卵シーンを観ることができたかもしれない。

 しかしこのときはオタマサがゲストを案内しており、ワタシが興味の赴くままにヒフキアイゴを追いかけている間、ゲストには船上で待っていただく……なんてことができるはずもないのだった。

 というわけで産卵シーンは未見ながら、その結果誕生するチビターレには出会ったことがある。

 やはり岩場の、群生しているサンゴの枝間にいたチビターレは↓こんな感じ。

 3cmほどのチビチビで、オトナとは違って顔の黒帯と体の黒斑が合体している、いわば黒斑ゴンドワナ大陸状態がチビの特徴のようだ。

 オトナはサイズがサイズだけに顔をマジマジと観る機会はあまりないのに対し、3cmほどのチビターレとなるとマクロレンズでお顔拝見ということになる。

 するとヒフキアイゴ・チビターレは、意外なほどに可愛かった。

 出会ったのは2010年9月のことで、なるほど、ヒフキアイゴのチビターレはこういうところで暮らしているのかぁ……

 …と思ったら、それから10年経ってもこの時の出会いがいまだ最初で最後。

 オトナの少なさに鑑みても、チビターレがそこらじゅうにいるはずはないってことか……。

 追記(2021年11月)

 その後10年経っても再会できなかったチビターレに、11年経ってようやく再会を果たすことができた(@2021年7月)。

 発見がガイド中だったこともあり、後刻フリータイム中にチャチャッと証拠写真を残すだけで終わったけれど、この日別のゲストを案内していたオタマサによると、なんとすぐ近くにもう1匹いたらしい。

 過去10年間で1匹しか会えなかったチビターレが、いきなり2匹となれば20年分の出会い?

 2匹もいればせめて1匹はサバイバルしてくれるだろうと期待して、ひと月後に訪れた際に確認したら、1匹が健在だった。

 その時もガイド中だったので写真は撮れなかったのだけど、さらにひと月経った9月にカメラを携えて訪れてみたところ…

 健在♪

 5cmほどと2ヵ月経って随分大きくなって、体の上半分を覆っていた黒い模様は縮小し、オトナのように斑紋として分離しかかっている。

 ちなみにチビターレもオトナと同様いつもこのようにヒレを全開にしているわけじゃなくて、通常の姿は↓こんな感じ。

 なのでヒレ全開写真を撮りたければヒレを広げてくれるまでジッと待ってなきゃならない…ということになるのだけれど、不思議なことにこのチビターレ、観ている間じゅうずっと、パッ、パッ、パッ……と、小刻みに何度も、まるでシグナルのようにヒレを瞬間的に全開させていたのだ。

 おかげでタイミングが合うように撮っているうちに、そのうち全開状態よぉーし!ということになった。

 それにしてもこのヒレパッパシグナル、いったいなんなのだろう?

 オトナになれば、繁殖期以外は常にペアで暮らしているヒフキアイゴのこと、ひょっとするとこのシグナルは、パートナー募集の合図とか??

 このサイズでペアになっていたら、さぞかし可愛いだろうなぁ…。

 ところで、先に紹介しているハートマークペア、昨年(2020年)だったか今年の春先だったか、なんとなく秋風が立っているような気配があって、別の模様の子とペアになっている様子がうかがえた。

 ところが先日、彼らが住まうポイントを訪れた際には……

 …元の鞘におさまっていた。

 一度離れてはみたものの、焼けぼっくいに火がついちゃったのかな??

 昨年の時点ですでに数年ペアでいるのを確認していたのだから、彼らの付き合いも相当長いはず。

 ハートマークのおかげでペア歴までわかるヒフキアイゴカップルなのだった。