水納島の魚たち

ヒメタカサゴ

全長 14cm(写真は6cmくらい)

 毎年梅雨頃になると、砂地の根にいろんな魚の幼魚が集まるようになる。

 年によってはグルクンの幼魚たちがやたらと多く群れることもあるけれど、あまりに小さすぎると種類まで判別するのは不可能だ。

 それが夏くらいになるとけっこう成長しているので、タカサゴ系かクマザサハナムロ系か、くらいは見分けられるようになる。

 ところが2015年の夏のこと、グルクンのようにしか見えないんだけど、なんだか違うようにも見える小魚の群れがいた。

 群れといっても巨大な群れではなく、スカテンたちが群れている根の一角で集合している程度。

 5cmよりは大きく10cmには及ばないくらいのサイズのチビで、これだけを観たらまだ特徴が出ていないグルクンのチビかな…で済ませていたかもしれない。

 ところがこのときはたまたま周囲にいる他のグルクンのチビたちも混じって泳いでいたから、違いが明らかだった。

 縦に3匹並んでいるうちの一番上が件のチビで、真ん中がタカサゴかニセタカサゴ、一番下がイッセンタカサゴと思われるチビチビトリオ。

 下の2匹のように、これくらいのサイズになると、フツーはオトナの特徴が多少は出てくるものなのだ。

 ところが謎のチビは下2匹よりも大きいにもかかわらず、これといった特徴がまったくない。

 そんな魚が一塊になって群れているのは、おそらく過去にはなかったことのはず。

 だもんで、不思議に思って撮ってみた。

 が。

 その「不思議」は5年の間眠りにつくこととなる。

 今回グルクンに注目しているために5年前の写真にも再会することができ、重い腰を上げてやっと調べてみたところ。

 どうやらこの魚はヒメタカサゴという種類のようだ。

 ヒメというくらいだから小型の種類のようで、オトナになってもせいぜい15cmになるかならないかくらいらしい。

 まったく聞きなれない見慣れない名前ながら、実は前世紀にすでに日本初記録種として、ホソタカサゴとコンビで和名が付けられていたのだった(1999年)。

 しかもその論文の記載者は、当お魚コーナーでもお馴染みの(?)魚類分類学の大家Y先生と、多くのダイバーがお世話になっている瀬能さん(ともうお一方)。

 前世紀のこととはいえそれまで日本では存在が確認されていなかったくらいだから、けっこうレアなのかもしれない。

 もっとも、「特徴が無い」というのが特徴といってもいいこのような魚が混じっていたとしても、なかなか気づけないかも。

 場所によってはけっこうな群れを見せるようで、そういうところでは長らくイワシの仲間か何かと間違われていたそうな。

 イワシに似ているかどうかはともかく、たしかに咄嗟にグルクン認定するのはムツカシイ。

 そういえば昨シーズン(2019年)、キンメモドキがゴシャンと群れている根を訪れたオタマサが、

 「1匹だけウルメイワシみたいな魚がいた」

 と言っていたことがあったっけ。

 後日確認しに行くとすでに姿は無かったからワタシは結局観てないのだけど、ひょっとしてそのウルメイワシって、ヒメタカサゴだったんじゃ??

 追記(2021年8月)

 2020年の夏のこと。

 この年は各根にグルクンのチビたちの姿が多く見られ、スカテンの群れとともに根をにぎやかにしてくれていた。

 グルクンのチビたちは小さい頃は根のすぐ近くで群れているけれど、成長するにつれて根から離れたところで群れ泳ぐようになる。

 ところが、そんな若魚の群れとは別に、まだ小さいのに根から随分離れたところで群れているチビたちがいて、ツムブリたちに追われたらしく、集団密集隊形になって一目散に根まで避難してきた。

 ↑この写真の左側、まばらに群れているのがグルクンの若魚で、右端下はスカテン、上側がツムブリたちで、真ん中の集団が件のチビの群れだ。

 普段はキチンとソーシャルディスタンスをとって群れながらプランクトンなどを食べているようなのだけど、危険を察知するとこのように密度高く群れ集まって最寄りの根に避難してくる。

 その数が半端ない。

 この数でドーッと根に避難してくるものだから、根の上はその昔広重が浮世絵で描いたところの大雨のようですらある。

 一度ツムブリたちに軽く襲い掛かられてパニックになってしまったのか、その後はもうツムブリの姿は消えているにもかかわらず、ワタシが息を吐くたびに密集隊形でビュンビュン動く群れ。

 分散した群れが、球になることも。

 一度ビビってしまうと根から立ち去りがたくなるのか、このあとしばらく根を覆うように群れていた。

 この異常密集群れ群れ、いったい誰なんだろう?

 群れで観てしまうとなかなか個々に目が行かないので、今度はじっくり観てみようと思って2日後に再訪したところ、この群れは跡形もなく消え失せていた。

 どうやらひとつの根を唯一の拠り所にしているわけではないらしく、今日はここ、翌日はあそこという具合にその都度拠点を変えているらしい。

 その後他の場所で、キビナゴが混じっている幾分小規模な群れが観られたので撮ってみた。

 そのキビナゴ多め部分をピックアップしてみよう。

 細長く濃い目のブルーがキビナゴで(ですよね?)、やや赤っぽく背中に模様のようなものがあるのが件の群れの魚。

 同じ写真内で見比べてみると、ひと目で違いが判る。

 さらに近づいて、もう少し個々がわかるよう撮ってみた。

 トウゴロウイワシの仲間か?と思ったけれど、左側でヒレを目一杯広げてくれている子のおかげで、彼らがイワシでもトウゴロウイワシ類でもないことがわかってしまった。

 まさにこの魚たちこそが、ヒメタカサゴのチビのようなのだ。

 「イワシ類と間違えられていたこともある」とこの稿にて紹介しておきながら、ワタシもやはりイワシと間違えかけてしまった…。

 この年(2020年)はヒメタカサゴの当たり年だったようで、根を覆う群れの姿を何度も観ることができた。

 前述のように群れは日々移動しているので、各根では日ごとに増減が繰り返されていて、前日はショボかったのに翌日になると…

 …激増していたりもした。

 ビビッて根に舞い降りてきた集団はしばらくの間パニックになっているため、ただ傍らで観ているだけのワタシの呼吸音に驚いてビュンビュン鋭く動きまくる。

 その一瞬一瞬は、さながら湧き出でるエネルギーの大奔流。

 そして玉になる。

 昔の写真を振り返ってみたところ、2008年にも似たような群れに遭遇していた(当時はキビナゴと勘違いしていた…)。

 それから12年後の今回の大フィーバーだから、このイワシ級(?)の巨群を次回観る機会は、随分先のことになるかもしれない。

 追記(2021年11月)

 昨年(2020年)に続き、今年もヒメタカサゴが巨群を作ってくれた!

 …でも、シーズン終盤も終盤のため、ご案内することができたのはごくごく一部の方々だけで終ってしまったのだった。