全長 6cm
愛一筋に生きるこの愛くるしいマツ毛ちゃんに出会ってしまえば、誰しもその虜になることだろう。
海中で目にする機会も多く、それほど苦労せず出会うことができるうえに、ハゼたちのように巣穴に引っ込んだきり二度とその姿を見せない、というイケズなこともない。
彼らが暮らす場所はリーフ際の浅いところから深い根まで幅広く、岩に開いた穴を隠れ家にしている。
その穴が、カイメンに開いている穴だったりすると、ビジュアル系ハウスにもなる。
たまに↓こういうものも利用していることもある。
サイズ的におあつらえ向きのこの隠れ家、実はこれ、海底に落ちているスノーケルだ。
普段こういうものを海底で見つければ、リユースできるもの、ゴミ同然のもの、どちらも回収するのだけれど、こうして魚が棲家にしているものにはなかなか手が出せない。
ただしいくら彼にとっておあつらえ向きのサイズとはいえ、大きなうねりや強い潮流があればたちまち移動式ハウスに変身するから、知らない間に家ごとお引越し、ということになるだろう。
穴からピョコッと出ている顔はとてものどかで愛くるしい。
愛くるしすぎて、ついついイタズラしたくなってしまう。
指などで穴を塞ごうとすると、当然ながら引っ込む。
でも彼はまたすぐに顔を出すので、再び指を、また引っ込む………出てくる、引っ込む、という「一箇所モグラたたき」を繰り返してくれるヒトスジギンポ。
古くからのダイバーなら、かつて一度や二度はおやりになったことがあるだろう。
ただし一方的に人間が楽しいだけの遊びをすると、ヒトスジギンポはさすがにちょっと哀しげな顔をするし、度を超したいたずらをするとその穴からピュッと出ていってしまう。
いたずらなどせず、そっとじっと観ていれば、ヒトスジギンポは随分リラックスしてくれる。
すると……
アクビをしてくれる。
待ち時間には差はあれど、ヒトスジギンポはアクビを見せてくれる率が高い。
大事な巣穴の中ではウンコをしないと思われるギンポたちでも、巣穴の大掃除が必要になることはあるらしい。
何かの拍子に巣穴に入り込んでしまったらしい砂を、セッセとかきだす様子は、まるで枯れ木に花を咲かせる花咲かじいさんのようだった。
ヒトスジギンポは、いつもこうして穴から顔を出しているだけではない。
というか、穴にいたままだとお食事できないから、活動時間帯は全身を外に出していることのほうが多い。
といっても危険を感じればすぐに巣穴に逃げてしまうので、ウカツに近寄るとなかなか全身をゆっくり拝めない。
もっとも、恋のシーズンだからなのか、縄張り争いなのかはわからないけど、ヒトスジギンポは小刻みに体を上下させつつ、威勢よく宙に浮いていることがある。
時にはヒョコヒョコと浮いたり着底したりを繰り返すことも。
その様子が面白いから近くから観たくなるんだけれど、これまたウカツに近寄るとヒョコヒョコをやめ、サッと逃げてしまう。
どうせ逃げるなら目立たずにいればいいのに…という気がしなくもないけれど、魚にだって危険と隣り合わせの行動が必要な時もあるのだ。
恋の駆け引きや縄張り争いというのであれば、リスクを冒してでも…という意味は分かる。
ところがどういうわけか、ヒトスジギンポが砂底のただ中にポツン…といたことがあった。
その詳細はこちらをご覧ください。
過去27シーズン(2021年現在)をふりかえってみても、ヒトスジギンポがこういうところにいたのは後にも先にもこの時だけだから、ある意味貴重なシーンだったのかもしれない。
春ごろから彼らは恋の季節を迎える。
2018年のある日、岩場のポイントで潜っていたときのこと。
眼下でヒトスジギンポが気になる動きをしていた。
興奮色に身を染めたオスが巣穴から顔を出し、外にいるメスと思われる子を激しく誘っているのだ。
で、誘われてその気になったメスは……
中にオスがいる穴に、「失礼します…」とばかり、穴の中の様子を伺ってから、楚々と尾ビレから巣穴に入っていく。
その後顔を外に出したまま、中腰(?)姿勢でやや激しい動きを見せ、口を開けて絶頂感を醸し出しつつ、サッと巣穴から出ていくメス。
メスのお腹をアップで観ると、何やらイタシテいる感たっぷりの様相になっている。
出ていったメスをまたオスがしきりに誘い、誘われたメスはまた巣穴に…という動きを何度も繰り返していた。
その様子があまりにも面白かったので、動画でも撮ってみた。
手振れはどうかご容赦ください……。
涙ぐましい努力をしているほうがやはりオスですよね?
これがヒトスジギンポのここ一番の興奮色ということなのだろう。
同じように興奮モードになっていても、メスをめぐってか縄張り争いなのか、オス同士のケンカのときは、ことさら体色を変化させてはいない。
水温が高くなってすっかり活発になっている季節に、突如始まったヒトスジギンポのバトル。
両者見合って見合って……
ハッケヨ〜イ……
ノコッタ!!
ノコッタ、ノコッタ!!
おーっと、ここで掟破りのローリングソバット!!
そうくるならこっちもばかり、喉元へ大木金太郎直伝のヘッドバッドのお返しだ!!
やられた方も黙ってはいない。魂すら吐き出してしまいそうな形相で、果敢に挑む。
戦いは10分以上に渡って繰り広げられていた。
それでもなお、両者のバトルは続くのだった。
いざとなるとこんなに激しくなるヒトスジギンポではあるけれど、チビターレたちは、あくまでもつましく可愛い。
2cmにも満たないチビチビは、初夏くらいになると湧くがごとく増えてくる。
不思議と、オトナのように穴から顔を出しているところを観たことがないのだけど、小さすぎて気づけないだけか?
たとえ穴に入ってはいなくても、いつもゴキゲンそうに見えるあたり、さすが愛ヒトスジギンポなのである。
※追記(2024年5月)
その後、ヒトスジな彼らの愛の結実を目にする機会を得た。
昨年(2023年)5月に、普段に比べて妙に顔色が黒いヒトスジギンポだな…と注目したオタマサが覗いてみた巣穴には…
タマタマ〜♪
まだ産卵間もないっぽい卵のそばに、すでに発眼している卵もあるってことは、この巣穴で何度も同じメスが、もしくは複数のメスが産卵しているのだろう。
昔から馴染み深いヒトスジギンポながら、その卵を確認したのは初めてのことだ。
この初卵のおかげで、どうやら卵を守っているオスは、顔色が黒っぽくなっていることがわかった。
それから2週間ほど経った5月半ばに、ワタシも顔黒ヒトスジに遭遇した。
この顔色ということは、卵を守っているはず。
ただ、体の太さとピッタリサイズの巣穴だから、なかなか内側を覗けない。
体を奥に引っ込めた隙に覗いてみても、卵の有無がわからない。
すると、何を思ったか突然巣穴から出てきた彼は、激しい勢いでダッシュしたかと思うと、すぐそばまで来ていたもう1匹のヒトスジギンポを豪然と追い払い、ほんのしばらく見晴らしのいいところで雄姿を見せていた。
チャンス!
その隙に巣穴を撮ってみた。
穴の中にピントを合わせて何度か撮ってみたものの、ストロボ光がちゃんと穴の中まで届かなかったから、ただのピンボケ穴写真になってしまった…
…と思いきや。
後刻PC画面で観てみると……
暗闇の中に、目玉がクッキリしているタマタマが。
周りにあるのは、すでに孵化したあとなのだろうか、それとも発生段階が異なる次の卵?
ともかくやはりブラックフェイスのヒトスジギンポは、卵をケアしている最中の印であることは間違いないっぽい。
まだ水温が低いこの時期に小さな穴の中でスクスク育っているこれらのタマタマから孵化して世の中に飛び出した激チビたちが、初夏になるとそこらじゅうでチョロチョロするチビターレになるのだなぁ…。