全長 30cm
この稿で「モチノウオの仲間」としてまとめているモチノウオ属とホホスジモチノウオ属の2つのグループのうち、ホホスジモチノウオ属に限っていえば、最もフツーに出会えるのがヒトスジモチノウオだ。
リーフ上やリーフ際の転石ゾーンなどに多く、ヒトを恐れることなくいつものんびり泳いでいて、サンゴの枝間に逃げ込んだ獲物をサーチしていたり…
けっこう頻繁に大きな口を開けてアクビもしている。
オトナは30cm前後とわりと大きめで、そのうえけっこう人相が悪い。
となるとボキャ貧カワイイ連発女子ですらこの魚を見て「カワイイ♪」とは言わないだろうし、たとえ語彙豊富でも、興味深げにじっくりご覧になる方はそうそういない。
でもじっくり観ていると、この魚はホントにコロコロ体色を変えることがわかる。
モチノウオ類は総じて体色を変えるとはいえ、個人的にはヒトスジモチノウオ(とホホスジモチノウオ)は極め付きといっていい。
以下、様々なバリエーションを。
このうちすべてのバージョンをご覧になったことがある、なんておっしゃる方は、即座に変態社会人認定だ。
逆に、水納島で潜っているにもかかわらず、どれひとつとして見覚えが無いという方は、人生においてその他いろいろなことを見逃しすぎているかもしれないから、この際意識を改めてください。
さて、ずらりと並べたカラーバリエーションのうち、3番と4番は同じ個体、5番と6番も同一個体だ。
5番の状態から6番の体色になるまで10秒ほど、まさにあっという間。
尾ビレの色までガラリと変わっている。
そして他といささか系統が異なるように見える7番は、おそらく産卵行動にまつわるオスの興奮色・婚姻色と思われる。
これほどコロコロ色を変えるものだから、この魚を一口で何色の魚と表現するのは難しい。
ただしよく似た他の魚との見分け方としては、目から後方に伸びる2本の線が、エラまで達しているという特徴がある。
体色の濃淡の変化でこのラインが見えづらいこともあるけれど、ともかくこの目から始まるラインがヒトスジモチノウオのまさに「目印」だ。
そんなわかりやすい目印も、チビターレとなると心もとなくなる。
幼魚はオトナよりも深いところにいることもあり、ヤギ類やウミシダ類を拠り所にしていると、体の色もそれなりに合わせている。
↑この写真の子のように10mmちょいだと何が模様なんだかよくわからないけれど、もう少し大きくなると……
「目印」も出てくる。
幼魚の頃から、体色のバリエーションは豊富だ。
ただし幼魚といってもプレデター、のんびり泳いでいるようでいながら周辺サーチは怠りなく、一瞬でも隙を見せた獲物がいると……
一瞬の早ワザでゲット。
その口からはみ出た尾ビレの感じからして、獲物はイソハゼの仲間だろうか。
ところで、これくらいのサイズになると、体側に顕著に一筋のラインが現れてくる。
長い間ワタシはこれが「ヒトスジモチノウオ」の「ヒトスジ」の由来だとばかり勘違いしていた。
しかしヒトスジモチノウオの「一筋」は、この体側のラインではなく、↓こっちだった。
尾ビレ付け根付近の白い線、これが「ヒトスジ」モチノウオの名の由来らしい。
体色の濃淡で見やすさには差があれど、なるほど、オトナにはどれもこの白い線がある。
でも……あれ?
↑この写真の子には、目の後ろのラインが見えないんですけど??
ひょっとしてこれ、ホホスジモチノウオってことはないですよね???
こんな感じの子がメスなのではないかと思っているんだけれど、オス同士と思われる大型個体が争っている様子は見たことがあるのに、メスらしき子をオスが追い求める、というシーンはヒトスジモチノウオの場合観たことがないし、ましてや産卵シーンに遭遇したこともない。
日中に産卵するものが多いグループだから、他のモチノウオの仲間ではわりとそういうシーンを目にするのだけれど、ヒトスジモチノウオは個体数が多いというのに、なぜなんだろう?
アカテンモチノウオとは真逆に、秘密のベールに包まれたヒトスジモチノウオの恋のヒミツ。
婚姻色らしき体色をしているオスをずっと観れていれば、その謎が明らかになるかもしれない。
※追記(2021年10月)
今夏(2021年)、ついにヒトスジモチノウオの産卵を確認!
…とセンセーショナルにする必要などまったくないほどに、他のモチノウオの仲間たちと同じように、日中人目を憚ることなくフツーに行っていたのだった。
リーフエッジから少し離れた水深10mくらいのところにある根の近くで、小柄なメスを伴ってのペア産卵。
もっとも、その様子はしっかり目撃したものの、記録することはかなわず…。
※追記(2022年6月)
ついにヒトスジモチノウオの産卵を記録に残せた!
遠めからのショボショボ動画ながら、記録があれば記憶も残るというもの。
エアーが尽きかけていたのでボートのすぐ下にいたときのことで、眼下の中層に婚姻色を発してアヤシイ動きをしているオスの姿があり、同じくメスもまた中層にいたから「これはチャンス!」と思った次第。
満潮に向かうタイミングだったこともあり、リーフエッジ付近のベラたちは全然産卵狂乱状態ではなかったのに、ヒトスジモチノウオだけがその気になっていたらしい。
中層に見えるメスは1匹だけで、近くに他のメスの姿は見えなかったけれど、オスはかなり広範囲をゆったり遊弋していた。
大きな軌道を描きつつ何度か周回したあと、その気になったメスと合流してたちまち産卵。
産卵に至る時間のわりには、これまたあまりにもあっけない「本番」なのだった。