全長 6cm
レア度という意味では、かつてはマニア垂涎の共生ハゼだったのが、このホタテツノハゼだ。
その後いろいろな海で「定番」の魚となってからは、誰もが目の色を変えて探す魚という位置づけではなくなっているようだ。
しかしながら「定番」でもたいていの場合水深30m前後の深場だから、1ダイブで長いお付き合いができるわけではない。
水納島では相変わらず激レアハゼである……というか、まず見当たらない。
ところがそんな水納島でも、かつて2年近くもの間、ほぼ同じ位置に、それも水深20mほどのところに、1匹だけずっと居続けてくれたことがあった。
当時は水納島周辺でキチンとファンダイビングをする業者の数などたかが知れていて、なおかつそのポイントは他業者がまったく潜らないところだったため、観たいと思えばいつでも行けた。
平和な時代だったのだ。
ただし周囲をどこまで遠く見渡しても、彼のほかにはどこにもホタテツノハゼの姿は観えない。
これだけ個体数が少ないと、とてもじゃないけど恋の相手を見つけられないだろう。
恋の相手は見つけられない代わりに、ホタテツノハゼを観たいというダイバーが彼のもとを訪れる。
当時のクロワッサンは、今に比べれば遥かにゲスト数が少なかったから、訪れるダイバーに嫌気がさして姿を消す、ということもなく、おまけにちょくちょくストロボ光を浴びているうちにやがて馴れてきたのか、そのうち相当近寄っても許してくれるようになった。
ただ、馴れてくれるのはいいのだけれど、逆に困ることも。
接近しても巣穴に引っ込まないからゲストにご案内しやすいのはいいものの、あまりにリラックスしているものだから、ヒレを上の写真のように雄々しく広げてくれないのだ。
馴れすぎてしまったせいで、人が近づいたくらいではさしたる緊張状態になることがなくなり、その特徴的な背ビレをなかなか広げてくれなくなってしまったのである。
そのため、ホタテツノハゼをご存知ではない方に
「ほら、これが有名なホタテツノハゼです!」
と指し示しても……
……かりんとうが転がっているようにしか見えない。
ホタテツノハゼの真の実力をご存知ない方が、ただそれをご覧になったところで、
「ふ〜ん……」
という反応で終わってしまうのはいうまでもない。
以上はすべて前世紀末のこと。
その後中ノ瀬の深い砂地でホタテツノハゼを目にしたことはあったけれど、水納島の砂底で彼に出会ったことはない。