水納島の魚たち

イシガキスズメダイ

全長 6cm

 藻食性のスズメダイは、たまたまそこに生えている藻を餌とするだけではなく、餌となる藻が育つ場所を自ら生み出す、いわば自給自足を地で行くモノたちもいる。

 このイシガキスズメダイも然り。

 彼らの餌は藻類だけど、暮らしているのはヘラジカハナヤサイサンゴ類やカエンサンゴがもっぱらだ。

 健全なサンゴ礁の場合は、このハナヤサイサンゴが育っているリーフには、他の様々なサンゴも群生している。

 サンゴが群生しているということは、イシガキスズメダイの餌となる藻が繁茂しにくい環境ともいえる。

 隠れ家として適しているのはわかるけど、食事のことを考えれば不適にしか思えないのに、なぜ彼らはこのサンゴをもっぱらの住処としているのか。

 驚くなかれ、なんと彼らはこのサンゴの枝の一画で藻が繁茂するよう、サンゴの肉を剥ぎ取り、サンゴの一部分にだけ藻が生えるようにしているのだ。

 いわばサンゴの枝に畑を作り、餌の藻を自分で栽培しているのである!

 ↑「畑」のチェックに余念がないイシガキスズメダイ(サンゴの枝表面の赤茶色の部分が藻)。

 その昔ジャングル大帝レオは、ジャングルの動物たちも人間のように自給自足できるよう、動物たちを率先して耕作していたものだった。

 このイシガキスズメダイに代表される藻栽培スズメダイたちは、すでにその方法を確立しているのだ。

 とはいえ。

 一生懸命水耕栽培した藻を、ありとあらゆる藻食性の魚たちにふるまうわけではもちろんない。

 彼らの縄張りでもあるヘラジカハナヤサイサンゴに近寄ろうものなら、怒気を発した彼らに追い払われることになる。

 不法侵入者を逃さぬよう、警戒を怠らないイシガキスズメダイ。

 ルリメイシガキスズメダイに比べると、その縄張りはいくぶん狭いように思われるイシガキスズメダイ。

 行動範囲が限定される分、警戒心が薄れるのか、ルリメ…に比べて観察するのは容易だ。

 また、他の魚を追い払うというわりには、ほぼ同じような生活をしているルリメイシガキスズメダイに対してだけは、なみなみならぬ寛容ぶりを発揮することが多い。

 彼の縄張りであるはずのハナヤサイサンゴ付近の通過を、普通に許可しているフシがあるのだ。

 ともに苦労を分かち合っている同志、ということなのだろうか?? 

 この魚を観るのは簡単だ。

 リーフの上で、どれでもいいからヘラジカハナヤサイサンゴに近寄ってみるといい。

 ちょこっと出てきては視線を投げかけ、また奥に引っ込んでいくこのイシガキスズメダイにすぐ会えることだろう。

 夏場になると、卵を守っている姿を目にすることがある。

 培養している藻も卵も守るとなると、パパもけっこう大変だなぁ…と思っていたら、彼らは実に合理的だった。

 これは、枝状のカエンサンゴを隠れ家兼餌場にしているイシガキスズメダイ。

 ナワバリの監視を怠らないオスの下にある、茶色い部分が培養中の藻類だ。

 この藻の部分を拡大してみよう。

 培養している藻の上には、卵がビッシリ!

 藻の上に卵を産めば、守るのは一ヶ所ですむ。

 経営合理化の一歩先を行くイシガキスズメダイなのである。

 そんな経営努力の結果生まれてきた子供たちもまた、オトナと同じような場所で暮らし始める。

 基本的にオトナとほぼ変わらない色形ながら、背ビレにチョコンと幼子マークが。

 この幼子マークが消える頃、彼もまたサンゴの狭間で、合理的ビジネス経営に乗り出すことになるのだろう。

 追記(2022年3月)

 上記で紹介しているように、イシガキスズメダイといえば、繁殖期を覗いてそのほとんどを縄張りのヘラジカハナヤサイサンゴで単独で暮らす孤高のヒト…というイメージだ。

 ところが、まだ水温が低い3月(2022年)に、どういうわけだか、短時間ながらテーブルサンゴの上に集合し、活発な動きを見せる様子を目撃した。

 一堂に会していた5匹のうち、最も活発に見えた1匹は普段の体色からガラリと変えて、ひと目で興奮モードとわかる色味になっている。

 他の参加者は、普段見る色と大差なく見える。

 動きっぷりからして、オス1匹に多数のメスって雰囲気で、興奮色を発するオスがしきりにアピールしているところらしい。

 これはこの周辺を統御する王者イシガキキングと、その傘下にいるメスたちの集まりで、オスが今年もキングであるかどうか、メスたちが品定めしているところ……とか?

 (推定)メスたちは(推定)メスたちで、それぞれ興奮しているようにも見える。

 真相は不明ながら、盛り上がるスズメダイたち。

 春になると憂鬱になるヒトが多くなるという世の中とは違い、魚たちは興奮モードの春スイッチがオンになるらしく、随所で真冬とは異なる様子が観られるようになる。

 憂鬱の対義語は爽快だそうだけど、魚たちにとっては気分「爽海」といったところなのだろう。

 追記(2023年11月)

 イシガキスズメダイの幼魚といえば、本文中で紹介したような色味をしているのだけど、今年(2023年)4月に出会った幼魚は、いささか異なる装いだった。

 尾ビレの付け根にオレンジ色の帯が。

 背ビレの眼状斑はイシガキヤングのノーマルタイプ同様ながら、オレンジの帯は幼魚にマストな模様ではない。

 すぐ近くにいるオトナは、縄張りに侵入したヨソモノを排除するというほど激しくはなく、それでいて無視するでもなく、いわば牽制しているかのような動きを繰り返していた。

 はて、これはどういうことだろう?

 ネット上で観られる画像をサーチしてみたところ、明らかにこの個体より小さいことがわかるイシガキスズメダイの幼魚で、黒帯の直後が同じようにオレンジ色になっているチビターレの写真があった。

 ひょっとするともっと南方系の幼魚の特徴なのかなぁ…と撮影地を見てみれば、沖縄本島の砂辺だった…。

 イシガキスズメダイやルリメイシガキスズメダイのチビターレがまたチョコマカチョコマカすばしこくサンゴの枝間を出入りするものだから、目にはしてもそうそう撮れるものではない。

 なので、実は撮っていないだけでオレンジタイプもたくさんいるのかもしれない。

 そこでその後しばらくイシガキヤングサーチを続けてみたものの、この周辺でも他の場所でも全然オレンジマークに出会えていない。

 そのくせ、このオレンジヤングが住んでいるヘラジカハナヤサイサンゴには、先の紹介した子のほかに、もっと小さなオレンジヤングがもう1匹暮らしていた。

 3週間ほど経っても両者は依然オレンジヤングのままで、大きいほうは↓こんな感じになっていた。

 てっきりオレンジマークはごく小さい頃だけの特徴かと思ったらわりと大きくなってもオレンジのまま。

 このサイズの若魚は他の場所でもちょくちょく目にしているけれど、やはりオレンジマークがあるものを観たことはない。

 3週間前にはなかなか表に姿をさらしてくれなかったので撮れなかった小さいほうは、↓こういう姿だった。

 白い部分が紫がかっているあたり、けっこうビジュアル系かも。

 ワタシ自身他に観たことがないし、図鑑でもネット上でもイシガキスズメダイの幼魚といえばほとんどがノーマルタイプの写真である、ということに鑑みれば、やはりオレンジヤングは相当レアなのだろう。