リーフエッジ付近には小魚が多い。

　地形的に潮流が動物プランクトンを集めてくれるから、プランクトン食の各種スズメダイたちがわんさか群れているからだ。

　水納島のリーフエッジは浅いから、晴れている時なら、燦燦と降り注ぐ太陽光が、一面に広がるサンゴの上でダンスを踊っている。

　そんなある種浮世離れしたサンゴ礁の光景にボーッと見とれていると、ときおり異質に大きくシャープな魚がフラリとやって来ることがある。

　イシフエダイだ。

　よく目にするのは30cm弱くらいの若い個体で、けっして群れることはなく、いつも単独でいる。

　砂地のポイントでも岩場でもその姿を目にすることはあるけれど、出会うのはたいていリーフの上だから、浅いところが好みなのだろう。

　なのでスノーケリングですら会えるほどだし、なおかつわりと存在感がある魚であるにもかかわらず、基本地味なその体色が災いしているのか、その認知度は限りなく低いと思われる。

　イシフエダイは、出演していたことにすら気づいてもらえない脇役、いや、最後の殺陣シーンだけが出番の斬られ役大部屋俳優のような魚なのだ。

　とはいえ時代劇の斬られ役にも五分の魂、せっかくだから注目してみると、大きなその口は見るからに大食漢、他の小魚をいくらでもゲットしそう。

　図鑑的には、魚類をもっぱらに、甲殻類も食べているらしいイシフエダイ。なのに……

　目の前にどれほど小魚が群れていても、イシフエダイが他の小魚に襲い掛かるところはこれまで目にしたことがない。

　目にしたことがないといえば、イシフエダイの婚姻色も。

　その体色をさらにダークにしつつ、頭頂部に金色の帯が入るというのだ。

　それは完全なるオトナだけが出すものなのか、25cmほどの若魚でも発するものなのか。

　成長すると40cmくらいになるというイシフエダイ、リーフ上でちょくちょく見かける30cm弱くらいのものでも、はたして婚姻色を見せてくれるか？？

　これまで完全に視界の外の脇役でしかなかったイシフエダイに、「福本清三（※注）」になるチャンスがついに訪れた…

　…かもしれない。

　※注　福本清三とは

　「5万回斬られた男」という異名を持つかつての大部屋俳優。斬られ役ひとすじ数十年の果てに、トム・クルーズ主演「ラストサムライ」ではトム・クルーズと共演シーンも多い重要な脇役として花道を飾った。故人。