水納島の魚たち

極小ジョーフィッシュ

全長 2cm

 もう随分昔の、ある梅雨時のことだった。

 マクロレンズを装備したカメラを手に、砂底に這いつくばり、共生ハゼとじ〜っくりゆっくり遊んでいたとき、目の端で何かが砂底からシュッ…と打ちあがり、またシュッと元に戻るのが見えた。

 はて………?

 今のはなんだったのだろう??

 共生ハゼにしては動きが変だった。

 気になったので、それまで目の前10cmほどの距離にまでお近づきになっていたヤシャハゼ君はそっちのけにし、その正体を探ることにした。

 ほどなくして、先ほどは目の端だったものを目の真ん中で捉えることができた。

 まさかそれが、ジョーフィッシュの一種であろうとは!

 そう、それは小さな小さなジョーフィッシュだったのだ。

 周囲もよぉ〜く観てみると、その子のほかにもそこかしこにいた。

 砂地に小さな巣穴があって、そこから小豆ほどの頭を覗かせているのだ。

 そして、どうやら繁殖期だったのか、オスらしき2cm弱ほどの子が、巣穴から4〜5cmほどの高さまでジャンプしてヒレを目一杯広げ、数秒ホバリングしてはすぐさま巣穴に引っ込む、という動作をそこらじゅうで繰り返していた。

 こ、これは新発見に違いないッ!!

 そう色めきたったものの、証拠写真を撮ろうにも、なにせ相手はジョーフィッシュ、おまけに極小である。

 そのときは正体を肉眼で突き止めるのがやっとだった。

 後日タンク1本を費やす覚悟で臨み、ようやくものにすることができた。

 当時の当サイトには「瀬能博士に訊け!」なるコーナーがあって、(個人的に)謎の魚を見つけては写真を瀬能博士に送ってはご教示を頂戴していたので、現像が仕上がってくるやすぐさまスキャンし(フィルム写真時代だったので…)、瀬能博士に同定を依頼した。

 きっとこのジョーフィッシュ、世の誰も知らないとっておきの新種に違いない…。

 ところが。

 例によってご丁寧に返信をくださった瀬能博士によると、当時すでに紀伊半島だったかどこだったか(忘れてしまったのはワタシです、念のため)、沖縄ではないどこかで撮影された写真が一度雑誌に載ったことがある、既知の魚であることがわかってしまった。

 うーむ、ジョーフィッシュは小さいが世間は広い…。

 当時はまだ名前がついていなかった極小ジョーフィッシュ、今頃は立派な名前をつけられたのだろうか。

 ご存知の方、テルミープリーズ。

 その後も同じポイントに行くと、ホバリングする姿を目にする機会は何度かあった。

 サンプル数は僅少ながら、やはり梅雨時、すなわち初夏にホバリングをする様子が観られる傾向にあるように思う。

 夏になるといなくなるわけじゃないんだろうけど、とにかく小さいから、ホバリングでもしてくれないと発見はほぼ不可能に近い。

 そういったことは毎年梅雨時に足繁く通えれば時期的な確定もできそうなところではある。

 しかしながら、なにしろそこは現在では本島から次々にダイビングボートがやってくる場所なので、我々は地元だというのに、おいそれとは潜れないレアなポイントになってしまっている。

 そのため毎年観続けているわけではないのだけれど、2013年6月に運よくチャンスが訪れた。

 日帰りでお越しのセルフで潜られるゲストのリクエストがそのポイントで、たまたまその日は場所が空いていたのだ。

 梅雨時のこのポイントといえば、ミニミニジョー。

 なので件のゲストに説明しているうちに、自分も十数年ぶりに撮ってみようと思い立ってしまった。

 潜ってみると、2ヶ所でピヨヨンピヨヨンとホバリングしている姿をすぐさま発見できた。 

 さっそく持久戦に突入。

 このミニミニジョーは巣穴に引っ込んでもすぐ出てくる場合が多い(ナマイキにも蓋をして閉じこもってしまうこともある)から、撮りやすいといえば撮りやすい。

 この日も近寄るワタシの存在を気にしつつも、目下のところ彼の最大の懸案事項はホバリングにあったようで、わりとたやすく近寄らせてくれた。

 そのまま40分弱くらい砂底でジッとしていたところ、その間何度もホバリングというかジャンプをしてくれたミニミニジョーフィッシュ。

 ホバリング前の待機態勢の時はこんな感じ。

 手前の大きめの石が柿ピーくらい。

 ホントミニミニでしょ、ミニミニジョー。

 そんなミニミニ君がエネルギー充填120パーセントになると……

 これがカワイイのなんの。

 食事のために巣穴から飛び出しているようにも見えていたのだけれど、こうして見ると、やはりポーズをとっているようにも見える。

 付近にいるらしき彼女へのアピールなのだろう。

 それはともかく、彼はこの状態でずーっと静止してくれるはずはなく、グズグズしているとその間に巣穴に戻ってしまうから、撮影するならホバリングのピークに達した刹那が勝負だ。

 が。 

 …これがまた惨敗の連続で、なかなかうまいこといかない。

 それでも40分も時間をかければ最終的にはタイミングもわかってくる。

 その甲斐あって、彼の雄姿を十数年ぶりにキチンと納めることができたのだった。

 よくもまぁこういう魚をフィルムで撮っていたなぁ。> 昔のオレ。

 フィルムに比べれば便利になった、なんて言葉じゃとても表しきれないほどコンビニエンスなデジタルカメラ。

 でも、現像が上がってきて初めて「ちゃんと撮れていた」ことを知るときのヨロコビは、もう二度と味わえないのだろう……(もちろんその真逆の哀しみも…)。

 ちなみにこのミニミニ君、「観たいッ!」とおっしゃられても、ハイそこです、とすぐさまご覧いただけるわけじゃなし、サラリと撮影できるわけでもない。

 ご覧になりたい、撮影したいという方は、セルフでじっくりお探しくださいね♪

 狙い目は梅雨時です。