全長 2cm
水中写真といえばフィルムだった時代は、今のようにあちこちで撮影された魚の画像を綺羅星のごとくネット上で閲覧するなど夢のまた夢で、自分が観たり撮ったりした魚の正体を知るには、我々シロウトにとっては和書洋書の図鑑が唯一の手段だった。
最新知見をいち早く知ることができるのは一部のヒトだけで、図鑑に載っていない魚はいまだ誰も知らない魚、と思い込むことが多かった。
ベニハゼの仲間のように小さな種類となると当時は図鑑に載っていない率がたいそう高く、たとえ撮ることができてもその正体を知る方法がない。
そんなおり、今ではその名を知らぬ人とていないであろう神奈川県立生命の星・地球博物館の動物担当学芸員瀬能さんが、世のダイバーから情報を得つつ、逆にアカデミズム界の最新情報を一般に提供するという、官民ならぬ学民双方が手を携える門を開いてくださった。
おかげで、どうしても種類がわからない魚については、画像(と撮影データ)を瀬能さんに送って鑑定してもらうという、とてつもないゼータクな同定手段が可能になった。
当時は今のように猫も杓子もデジカメダイバーなんて時代ではなく、そもそも水中写真を撮るヒトそのものがごく一部の「変態社会人」のようなものだったから、寄せられる情報は今よりははるかに少なかったろうと思われる。
そこで瀬能さんご本人に許可をいただき、当サイト内に「瀬能博士に訊こう!」というコーナーを設け、なんちゃってフォーマットを用意した。
彼が主宰する魚類検索データベースへの写真登録という条件だけで、クリックひとつで誰でも瀬能さんにメールで質問できるのだから、今思うとなんと先見の明に満ちたコーナーだったことだろう。< 自画自賛。
もちろんのことワタシ自身も、本コーナーの各所で散見されるように当時はいろいろと瀬能さんからご教示をいただいており、2000年5月7日に中の瀬の水深45mでオタマサが撮った↓このハゼ(15mmほど)についてもうかがっている。
すぐさまいただいたご返信によると…
画像,拝見しました。
ベニハゼ属の未記載種で、画像では不鮮明ですが(魚の生理状態による)、肩に赤黒い円い斑紋がひとつあるのが特徴です。
また、各垂直鰭にはピンクの縦線があります。
写真データベースには久米島と伊江島で撮影された画像が登録されています(例えばNR0011428〜NR0011431など)。
一度検索して確認してみてください。
現在(※2000年当時)伊江島の標本をもとに新種記載の準備を進めており、近い将来学名と和名が決定する予定です。
当時さっそくデータベースを検索してみたところ、おっしゃるとおりそっくり同じハゼの写真があった(ちなみにその後データベースに加わったKPM-NR-36046の写真は、この時鑑定していただいたオタマサのショボショボスキャン写真)。
そして月日は流れ、「近い将来」になると(2007年)、瀬能さんの予告どおりこのハゼは新種記載され、立派な和名もつけられた。
その名も、カタボシニシキベニハゼ。
しかもなんとも驚いたことに、当時オタマサがほぼ同じ場所で撮っていた冒頭の写真のハゼは、このカタボシニシキベニハゼの気張り色(?)らしい。
撮った本人も見せてもらったワタシもまったく別のハゼ、それもイソハゼの仲間かとすら思っていたくらいだから、同じハゼだったと知ってたいそう驚いた。
それからさらに10年以上経ち、ハゼ好き変態社会人なら誰もが知るところとなったカタボシニシキベニハゼについて、世に出ている情報も豊富になっている。
聞くところによると、このハゼはやはり深いところが好きなようで、通常は40m以深が彼らの生息環境らしい。
ウワサでは水温が上がり始める梅雨時くらいになるとやや浅いところ(それでも30mほど)まで出てくるといい、中の瀬あたりでは他に比べ個体数が多いともいう。
なるほど、20年前なら今以上に節穴だったオタマサの目がこのハゼを捉えることができたのも、けっして偶然ではなかったのだ。
節穴どころかすっかりクラシカルアイになって以来、目を皿のようにするのがしんどくなってしまったから、この手の小さなハゼ探訪とはすっかり縁が無くなっていたワタシ。
でもこうしてまとめてみると、やっぱ面白いなぁ、小さなハゼ。
無沙汰をしている間に続々と新しい種類が増えているベニハゼの仲間たちに、ふと会ってみたくなってきた今日この頃なのだった。
※追記(2024年1月)
昨年(2023年)のGWのことながら、初遭遇から20年以上の時を経て、ついにカタボシニシキベニハゼと再会を果たした…
…オタマサが。
しかも場所は砂地のポイントの水深30m弱くらいのところで、こんなところにこのハゼがフツーに暮らしているとは到底思えない場所だ。
オタマサによると、15mmに満たないほどの小さな若魚だったということだけど、水深30m弱といったらこのハゼが観られる水深では浅めだ。
まだ本格的な梅雨にはなっていなかったとはいえGWだけに、「梅雨時くらい」という季節であることを考えると、このチビも深いところからここまでやってきていたのかもしれない。