全長 12cm
かつて魚を覚え始めたばかりの学生の頃、ケラマハナダイというからには慶良間にのみいるものと思い込んでいた時期があった。
少なくとも、恩納村以南の本島主要ダイビングスポットでは観られなかった。
ところが、そろそろ卒業が迫った頃にプラリと行った伊江島の砂地の根で、この魚が群れ泳いでいるのを発見した。
その後、まだ客だった当時水納島に潜りに来て砂地の根で探してみると、案の定このケラマハナダイが泳いでいた。
その頃のクロワッサンのバイトスタッフ…というか留守番(あくまでも本人談)だった現・某海洋写真家にそれを告げると、彼は驚いて観察しに行った。
ことほどさように、まだ沖縄県内のフィッシュウォッチングなどというものは無知に毛が生えた程度で、未開ゾーンが山ほどあったのだ。
水納島におけるケラマハナダイは、リーフエッジ付近のような浅いところでは見られず、水深15m以深の砂地の根で群れている。
砂地の根でも、キンギョハナダイの勢力が強いと、彼らケラマハナダイは控えめな第三勢力、といった感じだ。
上の写真はオスで、二回りほど小さなメスはこんな感じ。
眼と背ビレが薄い紫色になっているほか、尾ビレの先くらいにしか模様が無いシンプルな体色だから、他のハナダイたちと混じっていてもすぐにそれとわかる。
どういう仕組みなのかキンギョハナダイとは産卵のタイミングが異なるようで、キンギョハナダイが産卵ショーを繰り広げていたときは、ケラマハナダイは産卵行動をとっていなかった。
同じ時期に幼魚が増えだすから、時期は同じで時間差なのかもしれない。
いずれにしても、タイミングをずらすのには、交雑を防ぐ意味があるのだろう。
メスをハレム内で統御しているオスは、真夏の高水温時に不活発になる時期をのぞき、盛り上がるとメスたちに対してアピールを繰り返す。
ハナダイ類に特異な「Uスイミング」と呼ばれる行動で、急降下するように泳いでメスの前に来ては、束の間アピールしてまた戻る、という動作を繰り返す。
一連の動きはとても素早く、体の色も普段とは異なっていて、しかも各ヒレをシュッと閉じているから、まったく別の魚に見えるほどだ。
体側の色が褪せるかわりに、尾ビレの赤味が増す姿は、普段(一番上の写真)とは大違い。
そんなオスの不断の努力の果てに繁殖期が始まると、やがて初夏から夏にかけて幼魚が増え始める。
体色は基本的にメスと同様ながら、これよりさらにチビチビ中のチビチビ1匹をクローズアップして観てみると、実に微妙な色合いが豊富で、特に暗いところにいる子などはなにやら妖艶でさえある。
こんなチビたちが増えてくるから、夏場の砂地の根は、各種ハナダイチビチビたちでとても賑やかになる。
ただ、キンギョハナダイと同じく、ケラマハナダイもやはり昔に比べるとその数を随分減らしていて、ひとつの根で観られる群れには、十数年前のような圧倒的なものが無くなっている。
それでもまだまだ、砂地のポイントのある程度の水深に行きさえすれば、いつでも観られる魚でいてくれている。
砂地の根で彼らを観ていると、流れが適度にあるときはお食事の時間になっていて、餌場となる根の上流側上方にに集まってセッセとプランクトンを啄んでいる。
そういう場合、流れの上流側、流れが根に当たって餌が湧き上がってくるような場所にいる方が餌を食べるには圧倒的に有利なはず。
そのためハナダイやスズメダイの群れは、流れがあるとたいてい根の上流側に群れ集まる。
ところがそんな絶好のお食事タイムに、ケラマハナダイのオスの半分近くが、どういうわけか摂餌には不利な後方に位置していることがある。
オスの数匹とメスのほとんどは、上流側で群れ泳いでいるというのに。
ハナダイ類のオスたちは時としてオス同士で集まって群れ泳ぐことがある(クラスターリングという)。
こうやって集まり、情報交換をしているのだそうだ。
しかし普段見られるこのオスの後方遠慮式お食事作法というのは、そのクラスターリングとはまったく違う。
メスたちは卵を作るためにたくさん食べて栄養を摂らなきゃいけないから、ほぼ全員がエサを摂るのに有利な前方にいる。
後方で遠慮しているオスは、いったいなにをしているのだろう?
複数のハレムが集まった群れとはいっても、実力のあるオスは限定されていて、その他大勢は隙間産業的生き方を強いられているのだろうか。
だからだろうか、時々オス同士が雌雄を決する、言語的には意味不明な戦いをしていることがある。
そういう場合、シャッターチャンスを逃すことで定評のある(?)ワタシが写真を撮ろうとすると、たちまち彼らはナニゴトもなかったかのようにケンカをやめてしまう、というのが常。
ところが、あるときのケンカは、近づいて眺めていてもいっこうに止める気配が無い。
というわけで、その時の模様を実況中継!
左側のオス(以下左)「フフ…遅いな!」
右側のオス(以下右)「よ…避けたのか?」
左「魚体の性能の違いが……」
左「戦力の決定的差ではないことを……」
左「教えてやる!!」
右「い…言ったな!」
さあ、勝のはどっちだ!?
これは1月のことで、やけにヒレを損傷している子が多いなぁ…と不思議に思っていたところにこのバトル。
どうやらその頃は、四六時中ケンカし倒していたらしい。
実はこれがその群れにおけるオスの順位決定戦で、その序列に従って夏場の行動が左右されていたりして…。