全長 15cm
なぜか「カサゴ」という名が省略された名で長い間親しまれていたキリンミノ。
ところが90年代後半に刊行されたヤマケイの大きな海水魚図鑑「日本の海水魚」では、画期的に「キリンミノカサゴ」という名で掲載された。
え?本名はカサゴがついてたの??
ところがその後同じくヤマケイから刊行された吉野雄輔氏著の図鑑では、「キリンミノ」になっている。
いったいどっちが正しい和名なんだろう?
ちなみに「キリンミノ」で検索すると、ヒット数は27,300件なのに対し、「キリンミノカサゴ」は30,500件とやや優勢だ。
正式な名がいずれであれ、キリンミノのほうが馴染みがあるし呼びやすいから、ここではキリンミノで通してしまうことにする。
キリンミノはリーフの中でも普通に見られるし、砂地に点在するちょっとした小岩などでも見られるハナミノカサゴの仲間(でもミノカサゴ属ではなくヒメヤマノカミ属)で、それほど大きくはならず、パッと見は、特に若い頃は、ネッタイミノカサゴに似ている。
これくらいの頃に、「ネッタイミノカサゴかどっちかわかんない……」なんてことになったら、迷わず尾柄部の模様に注目するといい。
若い頃までのキリンミノのその部分は……
Tの字を横に倒したような模様になっているから、すぐにキリンミノだとわかる。
ただし成長するにつれてこの部分の模様は崩れる傾向があり、大きな個体になると……
まったくアテにならなくなる。
もっとも、オトナになるとキリンミノの胸ビレは円盤状なり、よく似た他のハナミノカサゴの仲間のようにヒレの先がヒラヒラピロロンと伸びなくなるので、オトナなら見間違うことはないだろう。
円盤状に広がる胸ビレの上面(?)は、老成すると黄色っぽくなるのに対し、若い頃は赤みが強い。
老若問わず、この状態で砂底上を泳ぐとけっこうカッコイイのだけれど、日の高い日中だと、よほどイジメ倒して無理矢理泳がせたりしないかぎり、そんなふうに泳ぐことはまずない。
泳ぐどころか日中ほとんどジッとしているキリンミノは、胸ビレは円盤状に広げてはいない。
というか、むしろ隠れ潜んでいるように地味な色になっていて、胸ビレは体にピトッとくっつけていることのほうが多い。
背ビレも倒して地味一筋になっていることもある。
そこまで地味になっていなくとも、日の高い時間帯のキリンミノは、たいてい岩陰やサンゴの陰に潜んでいる。
かなりレアケースながら、新一本サンゴの裏にいたこともある。
せっかく派手な姿をしているのに、見づらい撮りにくい動きが無い、という三重苦のため、よほどのチビターレでもないかぎり、ベテランダイバーにはスルーされるケースが多い。
たまに絵になりそうなところに居てくれることもあるのだけれど……
…ハナミノカサゴに比べると、悲しいかなインパクトはかなり弱い。
キリンミノは、派手っぽいわりになにげに日陰者なのだ。
でも夕刻になると話は別だ。
彼らキリンミノのシアワセタイムはもっぱら夕刻で、お気に入りの岩陰を待ち合わせ場所にし、そこでオスメスが出会い、日が傾くにつれ静かに厳かに気分が盛り上がってくるらしい。
やがて水面が斜陽を浴びてキラキラ輝く頃、彼らのデートタイムが始まる。
日中は人目を気にして潜んでいるくせに、シアワセタイムの彼らは活動的で、幾分体色を興奮モードに変えつつ、オスメスがイチャイチャし始めるのだ。
彼らの産卵は日没後だそうで、このデートで盛り上がった流れのまま、産卵に至るという(オスメスが底からフワリと離れて行うペア産卵だそうな)。
オスが複数のメスを縄張り内で囲っているらしく、日中小さな根で3、4匹が集合していたりするのは、日没後のイベントに向けてのムード盛り上げ楽団演奏状態なのだろうか。
そんな彼らの愛の結晶が、晩夏から初秋にかけて姿を現す。
これは15mmほどのチビターレ。
オトナになると円盤状になる胸ビレが、まだ子供子供していてやたらとカワイイ。
横から見るとこんな感じ。
繁殖行動は個人的には非常に興味深いのだけれど、その時間帯に魚類の生態観察のために潜るなんて人はごくごく限られた変態社会の方々くらい、というのがゲンジツだ。
キリンミノが(一般的に)輝く時は、やはり子役時代に限られるのかもしれない。
ちなみにキリンミノは、ヒレの棘に毒を持つことで知られるハナミノカサゴとその仲間たちの中でもひと際強い毒なのだとか。
チビターレだからといって撮影のためにイタズラをしていると、強烈なしっぺ返しがあるかもしれないからお気をつけください。