水納島の魚たち

キツネウオ

全長 25cm

 グルクンに似たサイズ&体形をしているけれど、グルクンのように群れて泳ぐことはなく、周りにチラホラと仲間が見える範囲で単独でいることが多いキツネウオ。

 砂地の根や砂底付近で暮らすタイプではなく、岩場のわりと深い場所が好みのようで、一望荒野のように見えなくもない場所で、中層に浮かんでいる。

 ただ5月のひところには、水深30mほどの海底でいつになくキツネウオが密接集合していたことがあった。

 これは他のイトヨリダイの仲間の〇〇タマガシラと呼ばれる魚たちに観られるような、時期限定の密集隊形なのだろうか。

 だとしたら繁殖に関係しているかも?(チビが7月くらいに出始めるから、タイミング的にも合う)

 そんな例外はありつつも、たいてい荒野にポツンといるキツネウオは、なにぶん深いために体側の黄色いラインが妖しげに光って見える。

 初めて目にすると「おッ?」となるものの、そういう場所ならいつ行っても必ずいるためやがて当たり前のこととなり、最初の「おッ?」はいつしか消えてなくなる運命にある。

 しかし幼魚となると話は違う。

 この淡く透明感溢れる繊細な色……。  

 ただし小さすぎるとまだこのチビターレの魅力を存分に発揮しているとは言い難い。

 キツネウオ・チビターレが輝き始めるのは、3cmくらいになってから。そして4cmくらいなら無類のビューティホー。

 その美しさを前にすれば、この魚がいったいなんという名前であるのかなんてことは、もはや大した問題ではないかもしれない。

 そのためか、今でこそこのチビがキツネウオの幼魚であるということは誰もが知っているけれど、その昔この魚は、よく目にはするのに長い間「ナゾの魚」だった。

 ところが。

 まだ生態写真を掲載した魚の図鑑が目新しかった頃、かなりの魚数に生態写真を使用していた「世界の海水魚〜太平洋・インド洋編〜」という分厚い図鑑が世に出た。

 「その他の海編」はついに刊行されなかった(と思う)この大図鑑は、益田一氏とジェラルド・アレンという、フィッシュウォッチング黎明期の2大変態社会人の手によるものだ。

 その図鑑のイトヨリダイの仲間の項に、この透き通るような青と黄色の魚の写真がバッチリ掲載されていた。

 はたしてその名は…

 「プリンセス・モノクルブリーム」。

 モノクルブリームってなに???

 と多くのヒトが思ったに違ない(※個人の感想です)。

 謎の英名はともかく、やはり清楚清廉なたたずまいには、プリンセスの名にしおうものがある。

 ただしそれもダイビングの普及に伴い魚類の分類研究も飛躍的に進むまでのことだった。

 その後ほどなく、この気高いプリンセスの正体が明らかになり始めた。

 なんとこの気高くも清廉なる青い魚の正体は、キツネウオの仲間の幼魚だというのだ。

 キツネだったの……?

 なんだかキツネにつままれたような気分。

 やがてダイバーの中に変態社会人が増殖していくとともに、このキツネウオの仲間の幼魚とされているものには、深いところで見られるものと浅いところで見かけるものとで、若干模様が異なっているということが明らかになってきた。

 吻端から背中にかけた中心部に線が有るものと、それが無いものに分かれるという。

 そしてアカデミズムの社会もどんどん変態社会化が進むにつれ、こういった「ナゾ」が次々に科学の名のもとに詳らかにされていく。

 そして今では、背の中央に線があるものはキツネウオの幼魚、そしてその線が無いものは、新たに和名がつけられた「ヤクシマキツネウオ」(屋久島には特異的にフツーにいるらしい)ということに落ちついたようだ。

 狐だ屋久島だとすっかり「和」になってしまった今、かつてのプリンセスの高嶺の花感はすっかり懐かしい記憶になってしまった。

 それはともかく、キツネウオタイプもヤクシマキツネウオタイプも、幼魚は過去にどっちも観たことがあると記憶していたのだけれど、とりあえずデジイチで撮るようになってからの写真を観てみると…

 ……すべてキツネウオの幼魚だった。

 初夏になると毎年水納島の砂地のポイントの浅い転石帯などで観られ始めるものは、ほぼほぼすべてキツネウオの幼魚と思って間違いないらしい。

 ヤクシマキツネウオのチビに会いたければ、岩場の深いところに行かなきゃダメなんだろうか。

 そういうところでは、この黄色いラインがひときわ輝いて見えるんだろうなぁ…。

 そんなに美しければ、たとえキツネに化かされていたっていいや。

 …と、幼魚にばかり目が行ってしまうものだから、蔑ろにされているといっても過言ではないキツネウオのオトナ。

 その点、冒頭にオトナの写真をもってきたりして、さりげなく「ワタシは普段からオトナにも注目しております」的演出を施してはみたものの。

 何を隠そう、少なくともデジイチで写真を撮るようになってから、すなわち2007年以降今(2020年6月)に至るまで、実に13年もの月日があったにもかかわらず、オトナの写真が一枚も無い。

 今回そのジジツを知って驚愕したため、慌ててオトナの写真を撮りに行ってみると……

 キツネウオ、まったく近寄らせてくれない。

 長い間写真を撮っていなかった理由が「撮らなかった」ではなく「撮れなかったから」であることを、久しぶりに思い出した梅雨明けの海なのだった。