水納島の魚たち

コンゴウフグ

全長 30cm

 ありとあらゆる魚を網羅した図鑑といえば標本写真ばかりだった時代に、ついに世に出た生態写真図鑑が、東海大学出版会から1994年に刊行された「日本産魚類生態大図鑑」だ。

 ダイバーが海で出会えるほとんどの魚を網羅したこの大写真図鑑が当時のダイバーたちにとっていかに画期的だったかということは、黒澤明の数々の名作が当時いかに画期的だったか、ということと同じくらい、今の世ではわかりづらいに違いない。

 何がスゴイって、水槽で撮られた写真が若干混じっているとはいえ、とにかくもうどの写真も「生きている魚」の写真なのである。

 ポータブルな薄っぺらい図鑑しか持っていないダイバーが、その図鑑に載っていないというだけで

 「新種を発見した!」

 と舞い上がることができた時代は、この図鑑の登場によって終焉を迎えた。

 そんな日本産魚類生態大図鑑をもってしても、有名であるにもかかわらず載せることができなかった魚がいた。

 コンゴウフグのオトナである。

 幼魚の写真が載っている422ページ(@初版)の解説には、こうある。

 「成魚は内湾の砂泥底にすむ。日本では沖縄島の東海岸でよく漁獲されるが、ダイバーによる記録はない」

 あの天下の故・益田一御大でさえ、海中でコンゴウフグのオトナをご覧になったことはなかったのだ。

 その後、この東海大学出版会の大図鑑が予想外に好調な売れ行きを見せたことにあやかろうと(当サイト推測)、2匹目のドジョウを狙った山と渓谷社が1997年に満を持して世に出したのが、

 「山渓カラー名鑑 日本の海水魚」

 この「日本の海水魚」に、なんとコンゴウフグのオトナの写真が載っている!!

 ダイバーなら知らぬ人とてないこのヤマケイの大図鑑の奥付にある協力店の一覧に、我が(有)クロワッサンアイランドが名を連ねていることをご存知だろうか。< 自慢である。

 それもそのはず、この大図鑑に多数の写真を提供している水中写真家の大方洋二さんが、うちで潜って撮った写真もけっこう使用されているということで配慮してくださったからなのだ。

 山渓の大図鑑に掲載されているコンゴウフグのオトナの写真は、その大方さんが水納島で撮影されたもの。

 ダイバーによる記録はないといわれていた時代に、水納島には普通にいたのだ。

 当時潜れば必ずと言っていいほど出会えたのはとある砂地のポイントで、水深25m以深の砂底付近を、エサを求めて徘徊していることが多かった。

 エサを食べるときは、大胆にも逆立ちする勢いで海底をボイボイする。

 海底のナニかを貪る口は、こんな感じ。

 季節によっては、オスがその特徴的に長い尾びれを扇子のように広げたり閉じたりしつつ、クイクイッと尾ビレを動かす求愛行動らしき泳ぎも見られたりもした。

 エサ探しのときに活躍していた口は、愛の儀式でも活躍するようだ。 

 普段は海底付近にいて海底の餌を物色しているのに、求愛の際はフワリと中層に移り、なにやら意味ありげに儀式めいた動きをしていたコンゴウフグたち。

 なんでこんなにたくさんいるのに「ダイバーによる記録はない」などと書かれているのか不思議でならなかったものだ。

 そんな話も今は昔。

 その後どういうわけか姿を消し、この10年間では、昨年(2019年)たった1度会えただけというほどになってしまった。

 オトナに比べ、より内湾環境を好むという幼魚はもともと水納島では見られなかったということを考え合わせると、現在のようにオトナと滅多に会えなくなってしまったのは、かつて水納島とは別にあった幼魚の生息場所が埋め立てられるか何かして失われ、水納島へのオトナの供給が断たれたからなのだろうか。

 それとも、そもそも水納島の海底環境が、コンゴウフグのオトナが生きていくうえで適さない状況になってしまった、ということなのだろうか。

 いずれにせよこのままだと、20年前のようにオトナが何匹も砂地を徘徊する様子は、この先未来永劫見られないということか。

 ごくたまにならまだ出会えるかもしれないから、千載一遇のチャンスをお見逃しなく。