全長 9cm
近年の降ってわいたようなチンアナゴブームでその順位を下げはしているものの、「ノンダイバーにもわりと知られている海水魚ランキング」上位をいまだキープしているのが、このクマノミの仲間。
映画「ファインディングニモ」の人気も手伝い、イソギンチャクに住んでいる魚として、その知名度は高い。
そんなクマノミ類は世界の海で約30種知られており、日本にはそのうちの6種類が分布している。
水納島ではその6種類のうちトウアカクマノミの観察例は無く、その他の5種類を観ることができる。
クマノミはそれら5種類の中で、住処にできるイソギンチャクの種類が最も多いので、孵化後浮遊生活を経る稚魚たちも、いざ浮遊生活を終えて海底を目指すに際し、イソギンチャクにたどり着きやすい。
おかげでどこをどのように潜ろうとも、いつでも観ることができるから、クマノミを観たことがない、というダイバーはまずいない。
クマノミのオスとメス
それほどお馴染みの魚なのに、ではオトナのクマノミのオス・メスを誰もが見分けられるかというとそうでもなく、当サイトの集計によれば、むしろご存知ない方のほうが多い。
体格差でひと目でわかる他のクマノミ類ならいざ知らず、クマノミは成熟した雌雄で体格がさほど変わらない。
では何を手掛かりにすればいいかというと、尾ビレを見れば一目瞭然だ。
水納島の場合、オスの尾ビレには、例外なくその上下端に黄色いラインが入る(ラインの太さには個体差あり)。
一方オトナのメスの尾ビレは無地。
これさえ知っていれば、目の前にいるクマノミが父ちゃんなのか母ちゃんなのか、いつでも知ることができる。
下の写真、どっちがオスか、もうおわかりですね?
クマノミのおうち
さて、いつでもどこでも観ることができるクマノミ。
ただしこの場合、クマノミ本人が棲みたいところに棲んでいるのではなく、それらイソギンチャクが棲みたいところがクマノミの住処になる、という形になっている。
そのためリーフ内やリーフ上のすごく浅いところにいることもあれば、深い深い海底にいることもある。
シライトイソギンチャクとその近縁種は浅いところでも平気で暮らせるので(でも白化が起こるほどの高水温にはかなり弱い)、海水浴やリーフ上のスノーケリングで観られるクマノミは、たいてこのシライト(白糸といいながらピンク色をしていることもある)に棲んでいる。
水深10m以深になると、シライトのほか、ウスカワイソギンチャクも観られるようになる。
ちなみにこのウスカワイソギンチャクは、触手の先がこのように丸まっていることがあるかと思えば、先まで細いままになっていることもある(色味も様々)。
一方砂底に目を転ずると、礫混じりの浅いところから白砂オンリーの海底のほか、小岩や根に寄り添うように暮らしているのがジュズタマイソギンチャクだ。
水納島の場合、このジュズタマ、それも礫底や砂底でポツンと一軒家状態になっている場合だけ、クマノミのチビチビがわんさか集まっていることがある。
現在までのところ、フィルム時代にオタマサが(ニコノスで!)撮ったこの写真が、クマノミチビチビのマックスだ。
さすがにこれほどいることはそうそうないものの、まるで101匹ワンちゃん大行進のようなチビチビ塗れは観ていてほのぼのとしてくる。
これはこのジュズタマが他に比べてひときわクマノミを誘因するワザを持っているというわけではなく、リーフ近辺や根などと違い、周りに捕食者が集まりにくいから幼魚が生き残りやすいためと思われる。
もっとも、ひとたび捕食者にその存在がバレてしまうと……
ダッシュ力抜群のエソが、すぐ脇でいつでも好きな時に食べちゃう態勢で待機している。
これだと住民はひとたまりもない……。
もっとも、捕食者が近くにおらずとも、こういう環境だと周りに産卵床となる岩や小石が無いので、いざオトナになって繁殖するという段になるといささか不便らしい。
またジュズタマ自身も気まぐれに移動してしまうこともあるのか、こうして砂底にポツンといるジュズタマに、クマノミのオトナがペアで棲んでいることはまずない。
大きく育っているものがいても、せいぜいこれくらい。
もっと大きくなると、産卵に適した場所を求め、自力で他所へ旅立つのかもしれない。
その点、根や岩に寄り添っているジュズタマだと、岩肌を産卵床にできるため、成熟したペアも暮らしていて、オトナが卵のケアをしている様子を観ることができる(クマノミの口の先の赤い部分が卵)。
もっとも、こういう場合、じっくり観たいからと近寄りすぎると……
クマノミ母ちゃんの逆鱗に触れるから気をつけよう。
黒いクマノミ
水納島の場合、クマノミが棲むことができるイソギンチャクの中で最も特異なのが、アラビアハタゴイソギンチャクだ。
リーフ際から水深15m前後までの、浅すぎず深すぎないところを好むイソギンチャクながら、シライトやジュズタマ、ウスカワなどのイソギンチャクに比べて個体数が少ない。
その少ないアラビアハタゴを、そのイソギンチャクにしか棲めないセジロクマノミと、他のイソギンチャクでも平気なクマノミがあえて占有権を争っている。
不思議なことに、このイソギンチャクで暮らすことになったクマノミは、オトナも若魚も一様に体にオレンジの部分がなく、ほぼ白と黒のツートンカラーなのだ。
聞くところによると、どうやらクマノミは、触手の短いイソギンチャクで暮らすようになると、この黒いタイプに成長するらしい(小笠原で観られるという黒いタイプとはまた違います)。
水納島では、クマノミが棲めるイソギンチャクのなかで触手が短いものといえばアラビアハタゴくらいのものなので、必然的に黒いクマノミ=このイソギンチャクに住むクマノミということになる(住宅事情その他で例外もある)。
黒いクマノミにかぎらず、クマノミが暮らすイソギンチャクにはいくつか特殊な例外がある。
それはたいてい、白化などで住宅事情が変化してしまったことに起因していて、2016年の白化騒ぎの時にはこういうこともあった。
一方、直接白化とは関係なさそうなのに、こういう例外もある(※ただしこのリンク先で話題にしているサンゴイソギンチャクあらためウスカワイソギンチャクとタマイタダキイソギンチャクはかなり近縁の種だそうで、両者は同種であるという説もあるそうな。海の中で観ている分には、あきらかに両者は別モノだと思える何かがあるのだけれど、それを学術的根拠に基づいて述べるすべは、もちろんながら持っていない)。
ともかくこれらのことからひとつハッキリ言えることは。
クマノミってたくましい………。
クマノミのチビターレ
そんなたくましいクマノミにも、可憐な子供時代がある。
子供時代のクマノミがこれまたややこしく、浮遊生活を終えてたどり着いた先の環境次第で、その姿形や色、そして暮らしぶりまで変わる。
すでにオトナや子供など他個体がたくさん住んでいるイソギンチャクにたどり着いたクマノミチビターレは、総じてこんな感じの子になる。
ジュズタマで101匹ワンちゃんになっているチビたちもこのタイプだ。
一方、たどり着いた先のイソギンチャクに先住者がおらず、幸か不幸かオンリーワンでイソギンチャク生活を始めたチビチビは……
…黒い。
彼らがそれぞれ成長すると……
オレンジか黒かという色の違いだけではなく、白い帯の面積や入り方までかなり違うし、背ビレの高さにも随分差があるように見える。
静止画像じゃわからないけど、単独で暮らしている黒チビは、イソギンチャクから少し離れている時は泳ぎ方まで全然違い、クネクネクネクネしている。
体色といい泳ぎ方といい、コショウダイの仲間の幼魚にすら見えるほどだ。
ちなみに↓これが、同じくクネクネ泳ぎ倒すアジアコショウダイの幼魚。
こうして見ると、クマノミのロンリー黒チビって、アジアコショウダイの擬態をしているんじゃなかろうか…って気にもなってくる。
アジアコショウダイに擬態していったい何の得が?というギモンも無くはないけれど、そもそもアジアコショウダイだって、なんだってあんな目立つ色柄で、わざわざクネクネとさらに目立つ泳ぎ方をしているのだろう?
そこにはいまだ知られざる利点があり、アジアコショウダイがその方法により身を守っているのだとすれば、ロンリー黒チビクマノミが真似をする意味もあることになる。
とまぁ、観れば観るほど興味は尽きないクマノミチビターレ、ワタシのお気に入りは、1円玉on500円玉。
浮遊生活を終えて海底に到達したクマノミが出会ったイソギンチャクが、よりによって育ち始めたばかりの極小イソギンチャクだった…というケースだ。
双方に利のある共生(相利共生)なので、これでもちゃんと有効に機能している……
……といいのだけれど、この先イソギンチャクもクマノミもともに大きく成長するまでずっと一緒、なんてことはほとんどなく、たいていの場合、いつの間にかGone…となっている。
やはりどちらも小さすぎると、生き抜くためのハードルは相当高くなるようだ。
クマノミ夫婦の繁殖日記
そんなチビターレがたくさん生まれてくるのは、各イソギンチャクのおうちでクマノミ夫婦がセッセと卵を産んで育てているおかげ。
クマノミ類の中で最も低水温に適応しているだけあって、本土の海でも産卵が確認されることもあるようだけど、水温が温かくなり始めると、クマノミ夫婦は何度も何度も産卵を繰り返すようになる。
タンクの中の空気の量という制限時間があるダイビングでも、運が良ければクマノミの産卵シーンを観ることもできる。
産卵をする前の、産卵床を掃除するシーンに気づけば、その後ほどなく産卵が始まるから(ほどなくといっても2時間後かもしれないけど…)、産卵の一部始終を観ることも可能だ。
産卵の前に、クマノミ夫婦たちはイソギンチャクの傍らの岩肌をこまめに丁寧に口で掃除する。
微生物が付着したままだと、産みつけた卵に悪影響を及ぼすため、産卵床の掃除は大事な作業だ。
ひととおり産卵床の清掃が終わると、いよいよ産卵が始まる。
メスが産みつけていくのに合わせ、オスが逐次受精させていく。
産みつけられたあとの卵を観ると、一見ランダムに産みつけていそうに見えるけれど、メスは一列ずつ丁寧に着実に産みつけていく。
こうして産みつけられたばかりの卵は、イクラのような色をしている。
それが日を追うごとに発生が進んでいく様子を、四半世紀近く前(1994年)にオタマサが毎日通いつめて撮ったものがこちら(上の写真とはまた別のクマノミです)。
産卵直後はイクラのようだった卵(長さ1ミリ弱)は、発生が進むとでき始める目のために、全体が黒っぽくく見えてくる。
どんどん発生が進み、眼らしきものでしかなかった黒い点が、だんだん眼になってくるのがわかる。
卵が孵化するまでの間、もっぱらオスが、たまにはメスも、ヒレで煽って酸素を十分に含んだ新鮮な水を送ったり、イソギンチャクの触手が触れすぎないようにしたり、カビが生えたりしないよう、セッセと卵のケアをし続ける(↓この写真も別の場所です)。
そして……
黒かった眼がキラキラと光を反射するようになるので、卵全体に光沢があるように見えてくる。
孵化間近となった卵を拡大して観てみると…
ほぼほぼ魚になっている。
発生が進む速さは水温に左右されるため、1週間で孵化することもあれば、このときのように9日かかることもある。
そしてようやく迎えた孵化当日。
昼日中に孵化してしまうとそこらにいる魚たちにたちまち食べられてしまうから、卵が孵化するのは日没直後、海の中はすでにとっぷりと日が暮れて、ライト無しでは細かいモノがまったく見えなくなっている時間帯。
なにが合図になるのやら、突如として孵化が始まった。
カメラを構えてオタオタしているうちに、次々に孵化していく稚魚たち。
でも中にはドンくさい子たちもいて、なかなか孵化できない様子。
すると、それを見守っていた親が、そっと孵化を促した。
そして……
クマノミ真チビターレ、見事に孵化!
たくさんある卵から孵化した仔魚のうち、いったい何匹がイソギンチャクまで無事たどり着けるのだろうか。
きっとそれまでの道のりは、気が遠くなるほどに高いハードルが待ち構えているに違いない。
たとえイソギンチャクにたどり着いたとしても、そこからまた新たな試練が始まるはず。
立派に育ったオトナのクマノミがとてつもなくたくましいのは、至極当然なのである。
大いなる愛?
ある時クマノミのペアを観ていたら、なんだかオスの様子がおかしい。
ん?
ひょっとしてこのオス……
と思い、後ろ側から観てみると、
なんと尾鰭の付け根から先が欠損し、ハートテールになっている。
先天的なモノなのか外傷によるものなのかはわからないけど、ナマナマしい傷が無いところからすると、もう随分長い間この状態で暮らしているようだ。
これじゃあ日々の暮らしも大変だろうなぁ…
…と思いきや、しっかりペアになっているではないか。
クマノミは雄性先熟タイプの性転換をする魚で、基本的により大きな方がメスになる。
そこには様々な繁殖上の戦略があって、ときには相手に三下り半を突きつけてイソギンチャクから追い出すこともあるという。
メスでもオスでも力のあるものが主導権を持っているはずで、このペアだと身体能力的に明らかにメス主導っぽい。
なのに、彼らが暮らしているイソギンチャクには他に若いオスがいるにもかかわらず、ハンディキャップを負ったハートテールをパートナーにし続けているのだ。
なみなみならぬオスの努力の賜物なのか、それとも大いなる愛のなせるワザなのか。
クマノミの世界も随分と奥が深い………。
クマノミたちのヒーリングタイム
産卵床の掃除や卵の世話、ライバルの統御に外敵の排除などなど、いつもチョコマカと忙しげに動いているクマノミではあるけれど、ときにはゆったりしていることもある。
そんなクマノミたちを癒すのに一役買っているのが、同じくイソギンチャクに棲むクリーナーシュリンプたちだ。
日々の激務で疲れた体を、ソフトタッチのゴッドハンドでヒーリング。
いくら働き者だからといっても、ちょっとくらいのんびりしないとね。