水納島の魚たち

クラカケチョウチョウウオ

全長 12cm

 沖縄の気候風土は亜熱帯に属するのだけれど、海の中はほぼ熱帯だ。

 だから海中には、熱帯性の色とりどりの魚たちが、綺羅星のごとく舞い踊っている。

 それでも、沖縄が位置する西太平洋域における熱帯魚たちの中心地は、フィリピンやインドネシア、マレーシアあたりの黄金の三角地帯で、多くの島々が入り組んでいるあのあたりの海では太古の昔に海水面が下がり、孤立した海域がたくさんできたために種分化が進んだといわれている。

 つまり熱帯魚的には、そのメッカはやはりそのあたりの熱帯の海域であって、沖縄はいささか辺境の地に位置するわけだ。

 そのため熱帯魚なんだけれども沖縄で観察されるのは稀、という魚がけっこういる。

 写真のクラカケチョウチョウウオ(以下クラカケチョウと略す)もそのひとつだ。

 このパンダのような可愛いチョウチョウウオ、どれくらい稀かというと、1986年に沖縄でダイビングを始めたワタシが、2007年まで一度も海で出会ったことがなかったくらい稀なのだ。

 図鑑には全然稀じゃないのに稀と書かれているものも多いのだけれど(たとえばシラタキベラなど)、このクラカケチョウは正真正銘「稀」なのである。

 なので、2007年の初夏にこのクラカケチョウを発見した際、そのヨロコビを何かのついでに某有名海洋写真家に伝えたところ、

 「クラカケチョウなら、昔残波岬で見たことがありますよ」

 誰もそんなこと訊いてないんですけど……。

 彼は負けず嫌いなのである。

 こんなにレアなチョウチョウウオなのだが、昨今のフィッシュウォッチングブームはどうも、昔なら真っ先に覚え始めたはずのキンチャクダイ類とかチョウチョウウオ類をすっ飛ばす傾向にあるためか、クラカケチョウといっても反応してくれるゲストは少なかった。

 クラカケチョウとフウライチョウの区別がつかない人に、

 「ほら、これがクラカケチョウですよ!!」

 とこちらが興奮して伝えたところで、そのヨロコビは100分の1も伝わらないに違いない。