水納島の魚たち

クロハタ

全長 40cm

 ハタ類は、魚類の中でも相当賢い、と思う。

 本能的な行動がさも賢そうに見える魚たちはたくさんいるけれど、ハタ類には、明らかに「考えた」行動が知性を感じさせるものが多い。

 このクロハタも然り。

 賢いだけに、ちょくちょく訪れるダイバーという存在を

 「不思議な生き物」

 「楽しい生き物」

 「なんか面白いことがあるかも…」

 と認識してくれると相当フレンドリーになるようで、ダイバーの相手をするクロハタが暮らしている根が世間にはあると聞く。

 残念ながら水納島のクロハタは、ダイバーといえば危険生物ナンバーワンだと知り尽くしているためか、その姿を平気で人前に晒してくれることが滅多にない。

 オトナのクロハタが、遠目には根の上を悠々と泳いでいるのが見えても、少しでも近寄るとあっという間に危険を察知し、隠れ家の奥のほうに潜んでしまうのだ。

 そのようなノットフレンドリーな様子は立派に成長したオトナのクロハタに顕著で、察するところ、そこまで成長するまでに数々の辛い体験をしてきたのだろう。

 我々が水納島に越してきた前世紀終盤から今世紀初頭にかけては、まだ本部町内にも沿岸漁業をするウミンチュが健在で、なかには夜な夜な本島から水納島まで来ては、電灯潜り漁をするヒトもいた。

 となると、ハタのように水産資源的価値が高い魚たちへの漁獲圧が高かったのは間違いない。

 当時のクロハタのオトナたちは、その時代に様々な試練を経験しているのかもしれない。

 そして一度失った信頼は、そうたやすく取り戻せはしない。

 でも、新顔の子たちなら、一から関係を作り出せるかも。

 今でも相変わらずオトナはノットフレンドリーながら、近年になって若いクロハタが、昔のように一瞬で逃げなくなってきているのだ。

 クロハタの若い頃は、各ヒレの後端部の白い縁取りが目立つ。

 これくらいの頃から友好的な付き合いを続けていけば、クロハタたちはオトナになってもフレンドリーなままで居てくれるかもしれない。

 2018年のシーズンには、そんなクロハタの若者が、ゴッドファーザー・アザハタやユカタハタが突如いなくなって小魚たちが途方に暮れていた砂地のとある根に居つき始めた(チビターレの頃からいたのかも)。

 シーズン中にはなかなかチャンスがなかったところ、ようやくシーズン終了直前にカメラを持って訪れてみると…

 これでもまだ遠いといえば遠いけれど、昔のオトナクロハタだったら、この時点でもう根の奥深くの暗がりに逃げ込んでいるところ。

 もう少し近寄ってみても、決定的に逃げてしまうまでには至らず、ちゃんとカメラの前でポーズをとってくれた。

 それから3か月ほど経った2019年1月、同じ場所を訪れてみると、クロハタの立ち居振る舞いがなんだかボスっぽくなっていた。

 この根におけるポジションを確立しつつあるようだ(ユカタハタの若いカップルと共存している)。

 しかもボスとしての自覚がそうさせるのか、ワタシが近寄っても周章狼狽して逃げまどうことなどなく、むしろ不敵にもこちらを威力偵察するような視線を送ってくる。

 水納島の砂地の根で、クロハタにこんなに近寄れるなんて、昔じゃ考えられなかった。

 このまま彼の自尊心を傷つけることなく、あくまでもダイバーは無害であると認識してもらえれば、ボスはこの先成長しながら、もっともっとフレンドリーになってくれることだろう。

 いまだ目にしたことがない、クロハタが表で呑気にクリーニングを受けているシーンが観られる日も近い?

 追記(2020年10月)

 残念ながら上記の根のクロハタは、2019年ちゅうに姿を消してしまった。 

 そのためその根でクロハタが呑気にクリーニングを受けているシーンは観られずに終わってしまったのだけれど。

 今年(2020年)になって上記の根とは別の場所で、クロハタがサンゴの下でジッとしていた。

 

 これはひょっとして??

 さらによく観てみると……

 ホンソメワケベラのチビターレがクロハタをクリーニングケアしていた!

 警戒心の強いクロハタだけに、いったんはその場を離れるのだけど、よほどホンソメケアが心地よかったのか、また元の場所に戻ってきて……

 カメラを気にしつつも、引き続きホンソメケア。

 クロハタはその名のとおり体がほとんど真っ黒なんだけど、実は口内やエラの内側、普段は隠されている口周辺の膜は、かなり情熱的な赤い色をしている。

 上の写真でも、開きかけた口元にその片鱗がうかがえる。

 ホンソメクリーニングを受けている時なら、口を大きく開けてその情熱の赤い色を見せてくれるかも。

 …と期待して待っていると、おお、大きく口を開けてくれた!!

 ……向こう向きで(涙)。

 ま、人生初のクロハタクリーニングを拝見できたのだから、一度になんでもかんでもと欲張ってはいけない。

 そのうち前からレッドマウスを拝ませてもらえることもあるだろう。