水納島の周辺に広がる白い砂底の海には、大小さまざまな根が点在している。
その根を拠り所にして暮らす小魚は数多く、ハナダイ類もそのひとつだ。
かつての水納島では、そんな根ごとに無数のハナダイ類が群れていた。
リーフエッジの浅いところからフツーに観られるキンギョハナダイは、一坪以上の面積とある程度の高さがあるどの根を訪れても群れが花吹雪のようで、海中をいつも賑やかにしてくれていた。
お向かいの伊江島の北側にあるドロップオフのリーフエッジなど、潮通しのいいところでたくさん群れているキンギョハナダイたちに比べると、水納島の砂地の根に群れるキンギョハナダイたちは、オトナのサイズが格段に大きかった。
潮通しのいいところはエサがたくさん流れてくるかわりに、捕食者たちもたくさんいるから、ノホホンと大きく育っていられないのか……
…と納得していたのだけれど、他の島で潜っておられる方々の話によると、同じように砂地の根にいるカシワハナダイやケラマハナダイでも同様の違いがあるらしく、
「でっかい……」
という声を昔はよく耳にしたものだった。
そんなハナダイたちが、ここ10年(2020年現在)でずいぶん数を減らしている。
そのため、夏場こそスカシテンジクダイが群れるおかげでにぎやかな根も、夏が終わると各根の魚影は一気に薄くなり、ものすごく寂しくなってしまう。
根によっては、昔じゃ考えられないくらいに小さな「オス」の姿も目立つようになってきている。
ハナダイたちにいったい何があったのだろう?
体側の黒っぽい染み
そういえば、「ハナダイ類が減ったなぁ…」と感じるようになったのとほぼ同時くらいに、ハナダイ類にかつてなかった異変が起こっていた。
体に黒い染みをつけたものがやたらと目立つようになっていたのだ。
黒い染みがつく部位は決まっているわけではなく、種類も関係ないから、いろいろな場所の様々な種類で観られる。
もともと数が多いキンギョハナダイは、黒染み付きと出会う機会も多い。
ケラマハナダイも、冒頭の写真のほか……
昔に比べて減少傾向が著しいカシワハナダイにも……
そしてハナゴイにも。
一連の写真はすべてオスで、ではメスでは観られないのかどうか、そのあたりの記憶が今スッポリ抜け落ちているから定かではない。
少なくとも幼魚で観られたことはない。
ということは、おそらく後天的な何かが原因でこうなっているってことになる。
黒い染みがついているからといって、それぞれの個体に直接的なダメージがあるようには見えず、他のノーマルな仲間たちと一緒になってフツーに泳いではいる。
でもその昔ハナダイ類が花吹雪のようだった頃にはまず観られなかったし、まだハナダイ類が多かった2007年にとある根でテキトーに撮った↓この写真では……
ケラマハナダイを中心にハナダイ類の各種オスが何十匹と写っているにもかかわらず、パソコン画面一杯に拡大しても、黒い染みがついたものは1匹も見当たらない。
ところが、昨年(2019年)撮ったケラマハナダイのオスたちの相談儀式(?)をテキトーに撮った写真には……
小さいながらも黒点がついているものがしっかり写っている。
何かの拍子にホンソメクリーングゾーンに集合していたところを撮った写真(2017年撮影)にも……
ケラマハナダイの体側に黒っぽい染みがある。
10匹くらいのうちの1匹だったら大したことが無さそうに錯覚するけど、1つの根で考えると何匹も居るわけで、原因が不明だけにかなり不気味だ。
黒い染みの原因は?
ハナダイたちはみな動物プランクトン食で、根で暮らしながら潮流がある時はその根の上方に群れ、流れてくる餌を食べている。
性転換したのちのオス=長く生きているもの、にこの黒い染みがよく観られることに鑑みると、この黒い染みは食べ物に由来しているような気がしている。
ひょっとして、サビキ釣りに利用するオキアミ由来だったりして……。
それだとかなり局地的なことのはず。
水納島に限らずもっと広い範囲んでこの黒い染みがハナダイたちに観られるのかどうか、他所ではどうなんだろう?
それとも、水質に何か問題が??
この黒い染みに気がつく前に、ひと足早くハナダイたちが減ってしまったのは、実はさらに水深が深いところにあるいくつかの根でのことだった。
昔は、同じ砂地の根でも、深いところへ行けば行くほどハナダイたちの魚群が圧倒的だった。
気安く行ける深さではないけれど行けば見事な魚群が…ということでそれらの根を「禁断の根」と読んでいたのに、ある年久しぶりに訪れてみると、まるで投網で一網打尽にされたかのごとく、ハナダイ類が激減していたので驚いた。
以後現在に至るまで、各禁断の根は往時の賑わいを取り戻してはいない。
ひところ、真夏だというのに水深25m以深に冷たい水が滞り、随分寒い思いをしたことがあった。
そういうゾーンに滞留する水に、このところ本島では使用率激増中の除草剤成分とか、サンゴに害を与える日焼け止め成分など、何か「ヨカラヌモノ」が大量に含まれているとか??
受難の時代
そんなオソロシイ化学的要素も気になる黒い染みとは別に、物理的なダメージを受けているハナダイたちを目にする機会も増えている気がする今日この頃。
物理的被害というのは、すなわちケガのこと。
それは頭であったり……
背中であったり……
損傷部位は様々ながら、昔はオトナのハナダイ類がこのような目に遭っている姿をほとんど目にしなかったように思う。
もちろん同じ根に住んでいるユカタハタたちは、ゴッドファーザーのシゴトをするかわりにみかじめ料的にハナダイ類を食べることもあるけれど、そこには社会のルールがあるのか、オトナのオスに手を出すことはほとんどないんじゃなかろうか。
ところがこのところカスミアジの群れや昔は漁獲されていたのにシガテラ毒を避けるために誰も獲らなくなったバラハタなど外来のプレデターが増えているうえに、モノの道理をわきまえないヒトが根つきのゴッドファーザーを漁獲してしまうからか、そういった外来プレデターがやりたい放題になっている感がある。
ハナダイの減少が目につくようになってからも、他に比べれば格段にハナダイ類が多い根があった。
ところが2018年オフ、ほんのひと月ほど訪れなかった間に、群れ集っていたハナダイたちが大激減してしまっていた。
その根から50mほど離れたところにある根には、昔ながらのサイズのオトナハナダイたちがまだまだ数多く群れているから、これに関してはごく局所的な話であることは間違いない。
この根でいったい何があったのか、誰がどうしたのか、原因はさっぱり不明ながら、そこでは現在、小さいなりでオスになったハナダイたちの姿が多くなっている。
生き残った者たちにとってはまさに緊急事態だったはずで、体格的には繁殖戦略的にオスになるにはまだ時期尚早なチビチビが、完全なオス体型&色柄になっているのだ。
誰かがオスにならねば繁殖もおぼつかないから、やむを得なかったのだろう。
その昔伊江島のリーフエッジで観たような小さなオスは、105mmマクロレンズで撮る分には大変都合よく画面に収まるから便利ではある。
でもやはり、その昔
「でっかい……」
という感想を何度もうかがった者にとっては、相当サビシイ事態なのだった。
毎年初夏頃になると、多くのハナダイ類の幼魚が増えるのは昔と変わらない。
このまま彼らがオトナになるまで生き延びてくれれば、群れはすぐさま元通りになるだろう。
けれどこれがなかなかそううまくはいかず、根によっては年ごとに増減を繰り返しつつも、全体的には減少傾向であることに変わりはない。
この10年余でのハナダイ類の激減がいったい何によるものなのか、「?」マークを浮かべている間に、ハナダイたちがすっかり姿を消してしまうかもしれない。
昔のような花吹雪は水納島ではもう二度と見られないのであれば、今も健気に群れている彼らをじっくりたっぷり見納めておくことにしよう。