水納島の魚たち

スミゾメハナハゼ

全長 12cm

 今でこそスミゾメハナハゼといういささか冴えない和名がついているけれど、その存在が広く知られるようになってから随分長い間、このハゼは「クロユリハゼ属の1種」ということにされていた。

 水納島の場合スミゾメハナハゼは、根が点在する白い砂底に多い。

 青く輝くように見える体は遠目にも目立ち、個体数が多いから、ペアで仲良くホバリングしている様子をいつでも観ることができる。

 こんな感じで仲良くホバリングしてるペアが、そこにもあそこにも向こうにも…というくらいにそこらじゅうにいるというのに、なぜに長い間名無しの権兵衛だったのだろうか。

 理由はともかく「クロユリハゼ属の1種」としか呼べないハゼは他にも何種類かいたため、このハゼを特定する呼び名にはならない。

 そこで我々は、「ヤシャハゼの目印になるハゼ」と呼んでいた。

 居候ハゼという不面目な呼ばれかたもされることもある青く細長いダートゴビー系は、共生ハゼと共生エビが共に暮らす巣穴に便乗して住んでいる。

 スミゾメハナハゼが好む環境はヤシャハゼやヒレナガネジリンボウ、ヤノダテハゼなどが好む白砂が広がる海底で、遠すぎてヤシャハゼなどの存在が見えなくとも、このスミゾメハナハゼがその上空でホバリングしてくれているおかげで、便利な目印になってくれるのだ(もちろん他の共生ハゼの場合もある)。

 ただしこのテのハゼはヤシャハゼなどの共生ハゼに比べると100倍くらい警戒心が強いから、ヤシャハゼ目的に近寄ると、スミゾメハナハゼは遥か手前の時点でとっとと巣穴に逃げ込んでしまう。

 まれにペアのうちの1匹だけ頑張っていることもあるけれど、それも時間のモンダイだ。

 ところが上の写真の際は、どういうわけか残った1匹がけっこう頑張っていた。

 はて?

 よく観てみると……

 切れの悪いウンコがなかなか離れず、そのまま巣穴に入るのを躊躇していたのだった(ウンコが離れた途端に巣穴に逃げ込んだ)。

 居候の身としては、なにかと気を遣うらしい…。

 しかし彼らはけっして「居候」の座に甘んじているわけではない。

 普段ホバリングしている時は、ヤシャハゼよりも遥かに高所から周囲を見回してる彼らだから、危険察知はヤシャハゼよりも早い。

 もっとも、危険と判断すると、居候なのだから危険を主に知らせ、主が逃げてから自分が逃げるのかと思いきや、主を押しのけて猛然と逃げ込むのだからなかなか図太い。

 そうやって逃げてしまうと観ている間二度と出てこないこともたたあるものの、彼らとてできることなら外でプランクトンを食べていたいから、ホントは外に出ていたい。

 なのでいったん引っ込んでも、外が気になって仕方がない子は、ヤシャハゼに縋りながらも、再びそお〜っと顔を出してくる。

 第1種警戒警報発令係の称号を与えようにも、その様子はどう見ても居候にしか見えない。

 しかしそのおかげでヤシャハゼは周囲の警戒モードを強め、いざという時に備えることができるのであった。

 この「警戒心」は彼らの場合若ければ若いほどゆるいことが多く、スミゾメハナハゼもヤシャハゼもともに幼いと、わりと近寄らせてくれる。

 なので……

 フルハウス!

 ……なんてことも。

 オトナではなかなかこうはいかない。

 居候的第1種警戒警報発令係であるスミゾメハナハゼだから、前述のとおりその逃げ足は相当速い。

 そーっと近づけばけっこう近寄らせてくれるヤシャハゼとは違い、スミゾメハナハゼをじっくり見たくてそーっと近寄っても、手も足も出ない段階で巣穴に逃げてしまう。

 それほど警戒心が強いため、とりあえず的に撮っても、たいていこういうフォルムになってしまう。

 ただの青く細長い棒。

 遠目にはこんな感じだし、近づいてもこんな感じじゃ、わざわざ息をひそめてじっくり粘って撮影しようという気にはならないかもしれない。

 ところがスミゾメハナハゼたちは、真夏が過ぎ、島も我々もそろそろのんびりモードになる秋になると、なんだか様子が違ってくる(ひょっとすると同じくらいの水温の初夏も、かも)。

 遠目には夏場と同じようにホバリングしているだけに見えるのだけど、その距離を保ちつつジーッと観ていると、そこかしこで、(おそらく)オスがメスに対してしきりにアピールしているのだ。

 恋の季節なのだろうか?

 そっちに気を取られているからか、近づいてもいつものようにサッサと引っ込んだりはせず、たとえ引っ込んだとしても「引っ込んでいる場合じゃない」とばかりにすぐに出てきては、アピールを繰り返す。

 その(おそらく)メスに対するオスのアピールとは……

 ヒレ全開ポーズ。

 かなり活発に動いているから、それだけでも普段の様子とはひと味違うというのに、こうしてヒレを全開にするとなんだか別の魚のようですらある。

 アピール動きが活発な時は、1度や2度引っ込んでしまっても、そのままジーッと待っていれば引っ込んだ子が再び出てくる。

 またすぐ引っ込んでも、すぐまた出てくる。

 そうすると慣れてくるのか、そばでジッとしているヤツ(ワタシのことね)は意外に無害であることに気づくのか、再び出てくるまでの時間がだんだん短くなって、そのうちに全然引っ込まなくなる。

 するともう、あとはメスにアピールしてばかりいるから、ヒレ全開ポーズ拝み放題だ。

 熱烈なるアピールに、メスも歓喜の絶叫で応えるのだった。

 ただのアクビともいいますが。

 ともかくそんなわけで、個人的にはこれまで「ヤシャハゼの目印ハゼ」でしかなかったスミゾメハナハゼ、ヒレ全開ポーズを見せてくれたおかげで一気にヤシャハゼを脇役へと押しやり、(個人的)スターダムに登りつめることとなったのだった。

 初めてその存在を知ってから、20年も経ってしまっていたけれど……。