全長 150cm(写真は50cmほどの若魚)
モチノウオの仲間ではもちろんのこと、範囲を大きく広げて「ベラの仲間」としても「世界最大」の座に君臨しているのが、このナポレオンフィッシュことメガネモチノウオだ。
老成すると張り出してくるおでこ(?)が、皇帝ナポレオンの有名な帽子のようだから、ということでこの栄えある通称がある。
一方和名はといえば、目を通る模様がメガネのようだからということで、「メガネ」モチノウオなのだそうな。
その存在感に比べるとなんとも地味な名前だからか、ダイバーには「ナポレオン」のほうが通りがいい。
遥か34年前(2020年現在)、ワタシがダイビングを始めた大学1年生の頃、友人たちと海に行くといえば、スキンダイビングを楽しむのがもっぱらだった。
今と違って本島西海岸の主要ダイビングポイントでダイビングをしている人なんていうのは一部の変態社会人のみだったから、日曜日の日中ですら真栄田岬の駐車場はガラガラ、展望台からおじいとおばあが海を観ているくらいが関の山という時代のこと、残波岬まで行って灯台のかたわらから海に降りてスキンダイビングをしに行っても、他に海に入っているダイバーといえばアメリカーがいるかいないかという程度。
おまけにまだ残波岬ロイヤルホテルの建設すら始まっていない昔のことだから、オニヒトデ大発生の痛手からの回復途上とはいえ、透明度は常時抜群、水面からでも眼下を群れ泳ぐウメイロモドキの群れやハナダイたちをいつでも楽しめたものだった。
当時はそれが当たり前だったのだから、今考えると実に恵まれた環境だ。
スマホもWi-Fiもなくていい、立派な道路も巨大なホテルも無くていい、綺麗な海、ただそれだけでいい……
…と当時考えていたヒトは、その後の変容を思えば圧倒的にマイノリティだったのですね、結局。
さて、ワタシが所属していた当時の琉大ダイビングクラブでは、1年生の間は徹底的にスキンダイビング、すなわち素潜りのスキルを鍛え続ける。
秋以降になってご褒美的にようやくスキューバダイビングの世界にエントリーさせてもらえるのだけれど、なにしろ貧乏学生にとってはタンクのチャージ代400円すらゼータクだから、1年生の頃は海に行くとなればともかくスキンダイビングだった。
スキンダイビングはスノーケリングとは違い、プカプカ浮いているだけではなく、息こらえをして海の中に潜っていく。
入部以来ずっと先輩たちから鍛えてもらっているものだから、数か月ほど経った頃にはたいていのヒトが水深20m前後の世界を楽しむことができるようになっている。
素潜りは一回一回だけみると息をこらえていられる間という制限つきながら、スキューバ潜水のように残圧計を気にする必要がなければ、無限圧潜水時間を気にする必要もないので、体力が許す限りずっと遊んでいられるという利点もある。
そんな我々が残波岬のドロップオフで素潜りを楽しんでいたときのこと。
仲間の誰かが水面に戻って顔を出すなり
「ナポレオンがいたッ!!」
と騒ぎ始めた。
モノを知らぬ学生ではあったけれど、さすがに高名なナポレオンの名は当時から知っていた。
でも実際に観たことが無かったから、目撃情報に基づき、素潜りのバディシステムが許す範囲で交代で何度もその場で素潜りを繰り返して捜索を始めた。
残波岬のリーフの外側はドロップオフ環境で、深いところにはトンネルや岩陰やらが複雑に入り組んだ地形になっているから、大きなナポレオンといえども隠れ潜むスペースはいくらでもある。
なので「いた」という場所を特定したからといっても、なかなか見つからない。
水深20mくらいだったろうか。それらしき姿は見当たらないなぁ、そろそろ浮上しようかなぁ…とふと後ろを振り返ったその時、
畳ほどのサイズのナポレオンが目の前に!!
生まれて初めてのナポレオンとの遭遇だった。
生まれて初めてだけに、「畳ほど」というサイズは記憶の肥大化かもしれないし、「目の前」というのも同じく記憶の5割増しかもしれないけれど、ともかく想像を遥かに超えたサイズだったのはたしかだ。
こういう衝撃的ヨロコビは、スマホ画面なんかじゃ絶対に得られない。4K放送でも味わえない。
その後何度か各地でオトナのナポレオンと遭遇する機会があったけれど、いまだかつてファーストコンタクト時の衝撃を越えたことはない。
残念ながら水納島では、頭部がナポレオンの帽子状になった巨大なオトナと出会うことはない。
メガネモチノウオは本来、潮通しのいい礁斜面、すなわち外洋に面したドロップオフ環境などを好む魚で、水納島の砂地のポイントで観られるような魚ではないのだ。
ところがどういうわけか、昔から50cm前後の若魚に出会う機会ならちょくちょくある。
初めて目にしたときは意外な登場に驚いたものだったけれど、以後忘れた頃にヒョコッと顔を出すくらいには会えていた。
それが近年、これまたどういうわけか遭遇頻度が増していて、視野の中に2匹のメガネモチノウオが並んでいたこともあるほど。
何がどうしちゃったんだろう?
遭遇率がだんだん高くなるとともに、水深5mにも満たない浅い浅いリーフの上を泳ぎ渡るものも観られるようになってきた。
若魚とはいえ50cmはあるナポレオンフィッシュがリーフの上にいるなんて、なかなかゼータク。
こんなところにいるくらいだから、リーフエッジ下の水深7〜8mくらいのところものんびり泳いでいたりする。
とまぁちょくちょく会う機会はあるものの、世界一でっかいベラのくせに警戒心もでっかく、おいそれとは近寄らせてくれない。
逃げ去るときはアッサリ遠くまで行ってしまうことのほうが多いけれど、砂地の根から根へと移動している最中だと、緊急避難的に根の空隙にサッと逃げ込むこともある。
ナポレオンといえばでっかい魚というイメージだから、他の小魚のようにサッと狭い隙間に隠れ潜むなんてまったく予想外だった。
とはいえでっかくなるまでは悠長なことは言っていられないのだろうし、瞬間避難的サバイバル戦術も必要なのだろう。
そうやってサバイバルをしているようでありながら、水納島で出会えるのは前述のとおり若魚サイズだけで、コブが張り出したオトナにまで育つものはいない。
そりゃ水納島の砂地のポイントにメートル級のナポレオンが暮らせるはずはないにしろ、暮らせなくなったから他所に移っていくのだろうか、それとも大きくなる前に釣られたりしてこの世を去っているのだろうか。
岩場のポイントの水深30mから始まるドロップオフあたりだったら、オトナの「ザ・ナポレオンフィッシュ」がいてもおかしくなさそうなんだけどなぁ…。
振り向けば畳級のナポレオン!
いつの日かもう一度そんな体験をしてみたい。
その日まで、50cmの若魚と親交を深めておこう。