

全長 8cm
一口に共生ハゼといっても、水納島で見られるものでさえその種類は多い。
とりわけヒメダテハゼは、伊豆のダテハゼなみに数多い、ということはヒメダテハゼの稿で触れた。
その点このミナミダテハゼは、ヒメダテハゼに比べると生息水深が深い。
居たとしても、ヤシャハゼやヤノダテハゼのように一望砂底という場所を好まないのか、見渡せばそこらじゅうあちこちにいる、ということはなく、砂地の根の周辺などを好む傾向にある。
ところがゴマンといるヒメダテハゼにそっくりなため、ミナミダテハゼはミナミダテハゼと認識されないまま、ついついエキストラ扱いになってしまっている気がする。
せっかく出会っているのに気付かないままスルーじゃ寂しいので、両者の区別はキッチリつけておいたほうがいい。
いくつかあるヒメダテハゼとミナミダテハゼのわかりやすい見分け方のうち、誰でも区別可能なのが彼らの顔の特徴だ。

眼の下にラインがあればミナミダテハゼ、無ければヒメダテハゼ。
ミナミダテハゼの場合、色味の加減で目の下のラインが薄いこともあるけれど、顎のあたりにうっすらとラインの痕跡が見えるから、おおむねこれで両者を見分けることができる。
といっても、テキトーに近づけばすぐさま巣穴に引っ込んでしまう彼らにじっくり近づき、わざわざその目元を見つめて見分けようとするヒトなど、一般的にみれば極めて少数派で、たいていの方は遠目に「その他のハゼ」で済ませている。
もっとも、ミナミダテハゼがよく観られる砂地の根の周りは、その他の煌びやかな根付きの他の魚に目が行ってしまうから、周りの砂底にいるミナミダテハゼにわざわざカメラを向ける方は極めて少ない(ガイドがあえて指し示さないからともいう)。
いるのにスルーされる哀しい魚、ミナミダテハゼ。
しかし彼らをよく観ると、スパンコールを散りばめたような模様は綺麗だし、

若い頃は特に、尾ビレの淡い黄色が美しい。

海中で観ると白い体に黒っぽい縞々模様があるだけの地味な魚にしか見えないのに、光を当ててつぶさに観れば、思いのほか美しいことに気づくことが多い。
スルーしていたのではもったいない。
そんなミナミダテハゼたちは、もっぱらニシキテッポウエビやコシジロテッポウエビと共生している。
ところがごく稀に、コトブキテッポウエビと一緒に暮らしていることもある。

ご存知のとおりこのコトブキテッポウエビは、ヤシャハゼやヒレナガネジリンボウ、ヤノダテハゼといった、ダイバーに人気がある共生ハゼをパートナーに選ぶテッポウエビだ。
コトブキテッポウエビ=人気のある共生ハゼ。
という図式に鑑みれば、ミナミダテハゼも充分要注目の共生ハゼというポテンシャルを秘めているに違いない。
エキストラ扱いをされ続ける不毛な日々は終わった。
ミナミダテハゼがスターの座に輝く日々は、もうそこまで来ている。
※追記(2025年11月)
過去写真を見ていて、ミナミダテハゼをペアで写しているものが一枚もないことに気がついた。
目にしたことは何度もあるはずなのに撮っていないのは、夏場にゲストをご案内中のときにしか観ていないからだろうか。
そこで今年(2025年)は春先からミナミちゃんのペアサーチをしていたところ、出会うミナミダテハゼといえば一人暮らしのものばかり。
夏場にしかペアにならないタイプなのだろうか。
そんな6月のある日、ヤシャハゼやヤノダテハゼなんぞには目もくれずサーチしていた甲斐あって、ようやくミナミダテハゼのペアに遭遇した。
ちなみにこのペアのパートナーシュリンプは…
…コトブキテッポウエビ。
水納島ではわりとレアケースの組み合わせだ。
共生ハゼと共生エビは、ハゼが見張りでエビが巣作り、と簡単に説明されることが多い。
でも見張りだけしていたらハゼだってお腹が空いて仕方がないから、見張り中ももちろん食事をする。
というか、むしろ平時にはエビのための見張りというよりも、流れてくるエサを逃さないよう見張っている感がある。
この日は美味しいモノが流れてくる日だったのか、このミナミダテハゼ夫婦も盛んにエサをゲットしていた。
むろん、このように巣穴の縁に居ながらにして必要なエサをすべてゲットできるわけではなく、流れてくるエサを目ざとく見つければ、そこまでホイホイと身を乗り出していく。
そして何かをゲットすると素早く身を翻し…
…巣穴に戻る。
巣穴の縁に佇んでいる間は、その日ごとに落ち着くポジションがあるようなのだけど(今日は最初のハの字ポジション)、こうして戻る時はとにかく「戻る」ことが優先されるので、いったん身を落ち着ける場所は、帰ってくるたびにその都度てんでバラバラだ。
もちろんエサをゲットしているのは片一方だけではなく、小ぶりなほうも頻繁に出撃している。
でもさすがに見張り役である以上、アカハチハゼのようにかわりばんこで出動している…
…かと思いきや、
…どっちも飛び出しとるしッ!!
エビのための見張りはどうなっておるのだ。
巣穴の修繕に精を出しても、こうも頻繁にハゼたちが激しく出入りするものだから、直しても直しても作業の終わりが見えないコトブキテッポウエビである。
テッポウエビは大きな鋏脚でプチプチパチパチ音を出すからその名があるのだけれど、このコトブキテッポウエビからは「ブツブツ……」という声が聴こえてきそうなほどだった。
ようやくペアに出会えた6月以後は、何度もミナミペアを見かけるようになった。
ペアなのにこうして互いにそっぽを向いているのは、そのほうが警戒エリアを広げられるからと思われる。
視野30度のオタマサが5人居ても180度の視野を保つことはできないけれど、ハゼがこうして左右に別れれば、ほぼ360度の監視が可能になるはず。
ただしこういうポジションでいられると、ペアとして撮るのがムツカシイ…。
ところで、先に紹介した今年初のペアは見張りのシゴトをおっぽり出して食事に精を出していたのに、この夫婦はかなりマジメに監視任務についていた。
それはひょっとすると、エビの事情によるのかもしれない。
先ほどのペアのパートナーがコトブキテッポウエビだったのに対し、こちらはニシキテッポウエビだ。
ミナミダテハゼとよく共生しているニシキテッポウエビには、コトブキテッポウエビには観られない行動様式がある。
なぜだか憑りつかれたように、巣穴入り口から一本道をひたすら掘り続けるのだ。
上の写真でも、穴から左上に向かって斜めに堀が作られているのがおわかりいただけるだろうか。
見やすくなるようコントラストだけを強めてみると…
…画面中央付近から左上に向けて、堀のようなものが伸びていることがわかる。
これは、ニシキテッポウエビが掘り倒している堀。
翌日見に行くと消えているってこともザラにあるのに、こんな堀を掘って何をしたいのだろう、ニシキテッポウエビ。
そのまま砂底上にいるよりも、堀にいれば左右からは見つからないから、いわば塹壕作戦なのかもしれない。
つまりニシキテッポウエビは、遠出をするために堀を作っているのだ(これはもっと前に撮った別の個体です)。
となるとわりと巣穴(矢印の先)から離れてしまうこともあるわけで、そうなればミナミダテハゼとしても周囲の警戒をおさおさ怠るわけにはいかない。
共生エビたちは視力が弱いから、周囲に迫る危機をビジュアルで捉えることができない。
そのため彼らエビちゃんたちは、触角を絶えずハゼの体に触れさせておき、ハゼが発する警戒警報を受信する…という安全保障策をとっている。
なので巣穴拡張&補修作業をしている際にも…
…触角はちゃんとハゼの体に。
でもそうすると、ニシキテッポウエビのように回廊をどんどん先に延ばしていく際、作業現場からハゼの体に触角が届かなくなってしまい、そこから先に進めなくなるのでは?
心配御無用。
塹壕を作るエビの作業に合わせ、ミナミダテハゼはポジションを変える配慮まで見せるのである。
「あのぉ…もう少し先に行きたいんですけどぉ」
と全身でアピールするニシキテッポウエビのリクエストに応え、スルスルスル…と身を移動させるミナミダテハゼ。
おかげでニシキテッポウエビたちは、最前線(?)で思う存分作業ができるというわけだ。
もっとも、ハゼはハゼでただ見張りのためにいるだけではない。
エビちゃんたちがワッセワッセと砂をほじくり返してくれるということもあるのだろうか、砂底には砂中から出てきた小動物が蠢いているようで、めぼしいものを発見すると、ミナミダテハゼは…
…見張りをしつつも、素早い動きでその「めぼしいもの」をゲットする。
そして、かなり満足気な顔になる。
エビちゃんたちはエビちゃんたちで、作業しながらもときどき砂の表面に口をつける姿勢になって、何かを齧っているフシもあるところをみると、お食事の面でも彼らはもちつもたれつの関係にあるようだ。
おかげでニシキテッポウエビ夫妻も、安心してインフラ整備に全力を注ぐことができるのだった。
…というわけで、ミナミダテハゼがマジメな見張り役に徹しているのは、パートナーがニシキテッポウエビだから説。
ってことは、コトブキに当たったほうが、もっと勝手に動けてラッキーじゃん、ハゼとしては。
なるほど、だから「寿」テッポウエビ!
< 違います。
とまぁこんな調子で春先からずっとミナミダテハゼに注目していたおかげで、これまでずっと誤解していたことに気がついた。
というのも、本文冒頭で恥ずかしげもなく述べているように、ミナミダテハゼは砂底の根近くに多いものとばかり思っていたのだけれど、ちゃんと目を凝らして(凝らさなくても)見てみれば、ミナミダテハゼはヒメダテハゼと同じような場所でもフツーに観られるではないか。
スミゾメハナハゼが同居していることからもわかるとおり、このペアは根から離れた砂底環境で暮らしている。
まだ若く小柄なペアで、よくよく見渡してみれば、ペアかどうかに関係なく、特に若いミナミちゃんは、ヒメダテハゼがたくさんいるあたりでフツーに観られるのだった(左奥がミナミダテハゼ)。
ミナミダテハゼとヒメダテハゼの違いがどうのこうのとさんざん述べておきながら、ワタクシずっと、このあたりの砂底にいる小柄なダテハゼ系はすべてヒメダテハゼ認定していた気がする…。
もっと昔は両者の区別を明確かつ正確にわきまえていたはずなのに、いつの頃からかすっかりアバウトになってしまっていたらしい。
なのでここで今一度あらためて両者の見分け方をおさらいしておこう。
本文中で紹介している目の下の垂線の有無による見分け方は、水納島のように砂底が白いと薄くなってしまうことが多いため、ミナミダテハゼであってもパッと見は線が無いように思えてしまうこともあるという弱点がある。
一方、尾ビレ付け根付近の模様なら、白い砂底でもわりとハッキリ区別がつくことのほうが多い。
ヒメダテハゼはほとんど透明で、わずかにウスラボンヤリと尾ビレの付け根付近に模様が入っているだけなのに対し、ミナミダテハゼの尾ビレは付け根付近から上下端に向かって白色が入り、なおかつ白色との境にはクッキリと帯模様が入っている。
ミナミダテハゼでは尾ビレの透明部分が美しく黄色に彩られる時もあるんだけど、黄色かどうかはともかく、この模様でヒメダテハゼとの区別が可能だ。
もっとも、このあたりの砂底にいる共生ハゼといえば、ヤシャハゼやヤノダテハゼ、そしてヒレナガネジリンボウが人気者で、ヒメダテハゼやミナミダテハゼに注目するヒトといえば、よほどの変態さんくらいのもの。
なので案内する我々も、ホバリングとかウミウシをつけていたりしないかぎりヒメダテハゼを指し示すことはないし、ミナミダテハゼも特に何か面白い行動でもしていないかぎり、ゲストに彼らを紹介することは稀だ。
でも今年は夏になってから一気に高まってきたペアとの遭遇率からして、きっと夏場にはペアでいることが多いのだろうということがだんだんわかってきたミナミダテハゼ、たとえ案内はしなくとも、もう他のハゼと見間違えることはない。