全長 25cm(写真は2cmほどの幼魚)
ご存知「シアワセの黄色いサイコロ」。
2cm前後のサイコロが、小さな尾ビレを折りたたみ、おちょぼ口をツンと澄ましてピコピコピコピコ……
…と泳ぐ様を見れば、どんなにひねくれた人でも思わず微笑んでしまうことだろう。
1cmちょいほどのチビターレだと各ヒレの動きまでは見えないから、彼らが泳いでいるとまるで小さな黄色い玉がプイ〜ン…と移動しているかのように見える。
見る者すべてのハートを一瞬でゲットしてしまう、愛らしさ満点の小さな魚、それがミナミハコフグだ。
この魚を見たいというゲストは多い。
年によって観られる頻度は変わるものの、一度見つけるとしばらく同じ場所にいてくれる。
ただ、見やすい場所、写真を撮りやすい場所でいつも泳いでいるわけではなく、いたと思ったら岩陰に引っ込み、こっちから出てきたと思ったらまた隠れてしまう。
観たいと思ってもなかなか見せてくれない。それがかえってこのミナミハコフグの可愛さを倍増させているのかもしれない。
ちょっとしたことですぐに隠れてしまうミナミハコフグチビターレでも、姿を見るやただちにカメラを向けたりせず、そっと眺めてみれば、だんだん向こうも慣れてくるのか、やがてエサなどを啄み始める様子などを見せてくれる。
そうやってミナミハコフグをジッと観ていると、気になってくるのがその尾ビレ。
機能的なところに注目してみると、まるでプラモデルの可動部のような構造になっていることに気づく。
尾ビレパーツを上下のパーツではさんでいるかのように見えるのだ。
別の子の同じ部分を拡大。
なんだかオモチャみたい。
チビターレの頃はこうして尾ビレを畳んだ状態で泳いでいることが多いから、余計に丸まっちく見えるミナミハコフグ。
でも尾ビレは尾ビレ、チビターレでも広げるときは広げる。
なんだか凛々しい。
でも口はやっぱりおちょぼ口。
そばで観ているダイバーに慣れてくると、チビターレは気ままに泳ぎ始める。
気ままに見えつつ、たいていの場合餌を探していて、サーチング状態のマナザシ↓はいたって真剣だ。
そして何か目ぼしいものを見つけると………
パクッ!
何を食べてるんだか知らないけれど(カイメンや藻類など岩に付着しているものや、底生動物を食べるそうです)、観ている間ほとんど食事に時間を費やすミナミハコフグチビターレ。
これよりも2周りほど成長すると、行動範囲がやや広くなり、表に出ている頻度も増えてくる。
だからといってウカツに近寄るとすぐに逃げてしまうミナミハコフグながら、ときとしてなかなか逃げないこともある。
カメラを向けると一応逃げたそうにするのだけれど、なにやらその場に未練があるらしく、右に左に少し動くだけでなかなか去ろうとしないミナミハコフグの幼魚がいた。
はて、なんでかねーと思いつつ観ていると……
ホンソメワケベラヤングによるクリーニングケアの順番待ちをしていたのだった。
このミナミハコチビがいるリーフエッジの窪みはこのホンソメチビのクリニックになっており、スズメダイやベラなどの小魚が訪れては、クリーニングを求めて身を委ねていた。
このミナミハコフグの幼魚もクリーニングをしてもらうべく、思わせぶりにヒレを広げては上向き加減になって、身を委ねたいキモチを慎ましげにアピールしていたのだ。
それに応えるべく、上下に身を振りながら近づいてきたホンソメチビ。
でも、ミナミハコフグは全身でクリーニング要求をしているにもかかわらず、スズメダイやベラなどへの対応に比べ、ホンソメチビはどこか気乗りしない様子。
はて……?
あ!!
ミナミハコフグをはじめとするハコフグ類は、体表からかなり強烈な粘液毒(パフトキシン)を分泌することで知られている。
四六時中毒を吐き出しまくっているのではなく、身の危険を感じると分泌するのだそうだ。
ミナミハコフグのチビとなると観賞用に水槽で飼う方もいらっしゃるのだけれど、水槽内でハコフグが岩に挟まったり、他の魚に激しくいじめられたりして「危険」を感知すると、すぐさま毒を分泌、すると水槽内の魚たちは全滅する。
フグ毒として知られているテトロドトキシンと違うのは、この毒によってハコフグ自身も死んでしまうところ。
ほとんど自爆テロのような一撃必殺の危険な毒なのである。
広い海の中では、ミナミハコフグがいかに危険を感じようとも、大量の水がたちまち毒成分を薄めてくれるから、我々や周囲の無縁な生き物たちにまで害が及ぶことは無い。
でも、直接体表をつつくホンソメワケベラは?
ミナミハコフグ自身が危険を感知しなければいいわけだから、心地よくしておけばきっと無害に違いない。
けれどクリーニングの名手ホンソメワケベラだってヒヤリハットは日常のことで、クリーニングをしていた相手に怒りの反撃をされている様子を見る機会は多い。
たとえ幼魚でもミナミハコフグのクリーニングをするだなんていったら、それこそ全盛時のアル・カポネのヒゲをあたっているバーバーの主人なみのプレッシャーに違いない。
できることならご辞退申し上げたい……
それがホンソメチビの偽らざるキモチなのだろう。
ホンソメクリニックとしてはいささか迷惑なクライアントになっているかもしれないミナミハコフグは、クリーニング待ちじゃなくてもなかなかその場から逃げ出さないことがある。
あるときリーフエッジ付近で、ピコピコ泳ぎながら餌を啄んでいるミナミハコフグをずっと見ていたところ、妙に岩陰から離れたところでキバるポーズをし始めた。
はてどうしんただろう?と周囲に目をやると…
たまたまそこにいたゴマウツボ相手に戦いを挑んでいたのだった。
ビックリして逃げているわけではない証拠に、このチビターレはゴマウツボの前で何度も身を翻し、己の姿を誇って見せていた。
なりは小さくとも、さすがいざとなったら自爆テロ、一歩も譲らぬチビターレの戦闘的な態度に、もともと害意のなかったゴマウツボは閉口するのだった。
このように戦闘的になるのは他魚種に対してのみ……
…かと思いきや。
昨年末(2019年)、晴れた日の午後遅くのこと。
豆チョウさんたちを求めて桟橋脇で潜っていたところ、ひとところにミナミハコフグチビターレが2匹一緒にいた。
ミナミハコフグの幼魚はさほど珍しいわけではないとはいえ、2匹が一緒にいるところなんてそれまで観たことはなかった。
ところが、2匹で驚いている場合ではなかった。
3匹いる!!(1匹は切れちゃったけど…)
しかし3匹で驚いてる場合でもなかった。
たかだか1m四方のなかに、4匹も!(4匹目は写ってないけど…)
4匹目は冒頭の写真のチビチビで、それが他に比べて際立って小さく、他の3匹は似たり寄ったりサイズだ。
この4つのサイコロ、どういうわけで集合しているのかは知らないけれど、少なくとも仲良く手を取り合って暮らしていこうというわけではないらしい。
最小チビは問題外ながら、他の同サイズ3匹は、出会い頭に相手の存在を見ると、縄張りを主張するのか、己の優位を示したいのか、すぐに追い払おうとするのだ。
無理矢理トリミングしたこの写真は、実は↓こういう状況で…
優位に立った側は、このあと執拗に追いかけて追い払っていた。
普段潜っているときには、近寄るとなかなか姿を外に出してはくれないミナミハコフグチビターレが、白昼堂々こんなに大っぴらに大集合して、なおかつ追いかけっこをしているなんて…
幼魚なんだから繁殖時期の行動ってわけでもあるまいに、いったい何だったんだろう?
ま、ケンカしていても何していても、やっぱりミナミハコフグは可愛い……
…のは、あくまでもミナミハコフグの「幼魚」である。
ではオトナは?
過去25シーズン(2020年3月現在)に訪れてくださったのべ4億5千万人(誇大表現)のゲストのうち、ミナミハコフグの成魚を見たい、という方に出会ったことは一度もない。
不人気なのか?
いや、そうではないらしい。
単に忘れ去られているだけなのだ。
宮脇康之という名を聞いて、すぐに顔を思い浮かべることができる人がほとんどいないのと同じなのである(ファンの方スミマセン)。
そう、ミナミハコフグはケーキ屋ケンちゃんみたいなものだったのだ。
ケンちゃんシリーズが終わって以降、まったくパッとしなくなってしまった俳優・宮脇康之同様に(ファンの方スミマセン)、ミナミハコフグも成長とともに地味路線まっしぐらとなる。
まず、黄色いサイコロから少し成長すると…
色合い的には幼魚っぽいままながら、真チビターレと出会ったときのような「カワイイ♪」という反応がゲストから出にくくなる。
でも前から顔を観させてもらうと、まだまだ幼魚の可愛さが残っている段階だ(同じ個体ではありません)。
そうこうするうちに、黒点のほかに白点が加わってくる。
この頃にはもう「サイコロ」というイメージから離れつつあるものの、まだ色彩的にはインパクトがある。
ただしサイズがでっかくなっている分、普段の暮らしぶりにもメリハリがついてきて、ひとたび脱糞すると……
かなりの迫力サイズ。
そばで見ていたイチモンジブダイのメスが、思わず…
ウヒョーッ!!と叫んだほどだ(脚色アリ)。
それにたとえ前から顔を観せてもらっても…
「カワイイ♪」と言いたくて開いたゲストの口から出てくるの言葉が、「ウッ………」という音に変わる。
その後、体の点が黒縁つきの白点になり、体はどんどんダークになっていく。……
そしてオトナのメスは↓このように。
オスは↓こんな感じ。
チビターレの頃はオモチャの用だった尾ビレの付け根も、筋肉質で逞しそうだ。
もはや幼魚の面影はどこにもない。
この姿を見て、オトナを見てみたいと思う方もなかにはいらっしゃるかもしれない。
でも、ケンちゃんの今の姿を「あの人は今?」的な番組でしか見られないのと同様、成魚、特にオスは、見たいと思ったときにいつでもどこでも見られるわけではない。
昨年(2019年)師走に、やけに活発な2匹のミナミハコフグのオトナを観た。
オタマサがコンデジで撮ったこの写真では何が何やらわけが分からないけれど、別角度から観ていたワタシには、その様子はケンカか求愛のように見えた。
ただ、同じくオタマサの写真を観てみると、追いかけている方(矢印)……
…の体には、
まだ白い点々が残っている。
観ているかぎりではこの白点入りが追いかける側で、ほとぼりが冷めた後、追いかけられていた側がホンソメヤングに身を委ねてジッとしていたところを撮ってみたところ……
こちらのほうがよほどオトナっぽい。それもメスの。
どっちもメスだったのなら、これはメス同士のケンカ?
いや、ちょっと待てよ…。
オス間違いなしのミナミハコフグオトナの写真をもう一度観てみると……
あれ?体側には白点が、背中には黒縁白点がついている。
ちなみに老成オスなのか、これがハッキリしないオトナもいる。
オスは成長とともに白点が消えていく傾向にあるということは、若いオスには白点があるということか。
ハコフグ類もまたメスからオスに性転換するそうで、ミナミハコフグも同様らしい。
ということは、メスからオスになるものは、いったん白点が消えた茶色っぽい体に、再びオスの印として白点が出てくるってことなのかも。
ということは、眼前で繰り広げられていたミナミハコフグの追いかけっこ、追いかけていた白点付きが、行動はオスで外見的にはオナベちゃんだったってこと??
しまった、どうせだったらそっちをキチンと撮っておけばよかった……。
いずれにせよ詳細は不明ながら、ずっと昔からのおつきあいだというのに、ことオトナのことになるとほとんど何も知らないミナミハコフグ。
宮脇康之、なにげに峰不二子級の謎の男なのだった。
※さっそく追記(2020年3月19日)
この稿をアップしたその日のダイビングで、ミナミハコフグのメスらしきオトナに遭遇した。
1年で最も水温が低い時期にもかかわらず、スカテンやクロスジスカシテンジクダイがむしろシーズン中を凌ぐ勢いで大量に群れている根で、岩肌を物色していた。
そのメスを観ていると、何かの拍子に体の色が変わることに気がついた。
上のようにわりと地味目ダークカラーだったものが、フワッと……
…模様が明るくなったのだ。
どちらかというとダークカラーがノーマルのようだけど、青い点が明るく出ている状態も一瞬ではなく、観ている間はこちらの状態でいるほうが長かったかも。
警戒色なのだろうか。
というか、これは本当にミナミハコフグのメスってことでいいのだろうか。
峰不二子、さらに謎を呼ぶ……。
※追記(2022年10月)
軽石禍のためにボートを渡久地港に上架させていた年明けのこと。
初潜りとばかりにビーチにエントリーしたオタマサは、新年早々にシアワセの使者に遭遇した。
シアワセの黄色いサイコロと言いつつ、まだ立方体体型になっていない丸っこいチビチビだ。
しかもそのチビチビが、1匹のガンガゼのトゲの周辺に…
2匹…
3匹!!
なんとも驚くべきことに、オタマサによるとここには同サイズのミナミハコフグが5匹もいたという(残念ながら5匹まとめて撮ることはできなかった)。
桟橋脇の、先に紹介したミナミハコフグパラダイスとほぼ同じ場所でのことで、あれから2年経ってさらに小さなチビチビがフィーバー状態になっているってことは、ミナミハコフグパラダイスは「常態」なのかもしれない。
ビーチの激流に翻弄されて漂ってきたチビターレたちが、このあたりで集合するようになっているということだろうか。
知られざるミナミハコフグパラダイス、場所が場所だけに、冬場限定の秘密のスポットと言えるかもしれない。