全長 100cm
※冒頭に追記(2020年6月)
追記とはそもそも追って記すもの、いわば書き足しなのだから末尾に付け加えるもの。
でも今回の場合、最初に記しておかないとややこしくなってしまうという事情が。
というのも。
海と島の雑貨屋さんはネット通販もしているので、たまにTシャツのご注文をいただくこともある。
水納島で観られる魚たちをモデルにワタシがデザインしたものだから、正真正銘の当店オリジナルTシャツだ。
この6月(2020年)にいただいたTシャツ3枚のご注文のうちの1枚は、ミナミホタテ(と当店が命名していた)Tシャツだった。
で、お支払い方法などの詳細をメールにてやり取りしていた際にご返信をいただき、「蛇足ながら…」という注釈付きで、下記のようなご指摘をいただいた。
「全く蛇足的なことですが、ミナミホタテウミヘビイラストのモデルとなった写真は本種ではなく、トンガリホタテウミヘビ(Ophichthus altipennis)です。
今日、名前をつけた論文が公開されました。ご参考までにPDFを添付させていただきます。 」
メールに添付されていたPDFファイルを見てみると、なんとなんと、この日(6月18日)に公開されたばかりのその論文の著者ご本人!
貴重な情報をもたらしてくださったのは北九州市立自然史・歴史博物館(いのちのたび博物館)に勤務されている日比野友亮氏で、同館魚類担当の学芸員の方だった。
もっとも、論文自体は徹頭徹尾英語表記なので、これを読破するには頭から白い煙を出しながら1ヵ月くらいかかってしまいそうだから、ご教示いただいたのを幸い、かねがねミナミホタテウミヘビの分類上のギモンについて図々しくもお尋ねしたところ、実にわかりやすく丁寧にご回答をくださった。
以下、その内容。
「ホタテウミヘビ問題はやや難解なのですが、ざっくり時系列で整理しますと、
沖縄で撮影されている水中写真のほとんどがこのトンガリホタテウミヘビなわけですが、ではミナミホタテウミヘビ(の写真)はないのかというと、あります。」
…とリンクを貼っていただいたサイトの写真を見てみると、なるほどたしかに顔のフォルムが全然違っていた。
となると、この稿に掲載している写真はどうなんでしょう?
「眼の下の突起状皮弁がトンガリホタテウミヘビよりも(ミナミホタテウミヘビのほうが)目立つこともちがいのひとつです。
(トンガリホタテウミヘビの)下顎に沿った細かな黒点があるのも、ミナミホタテウミヘビにはみられない特徴です。
貴ウェブサイト(※この稿のこと)の写真はすべてトンガリホタテウミヘビということになります。」
なんと!
いままでずっとミナミホタテウミヘビと信じてきたものたちはすべて、トンガリホタテウミヘビだったのだ!
この日論文が公開されたというこの情報は、魚類分類学上最新情報。
まさかTシャツをご注文いただいた方からこのようなご教示をいただく日が来ようとは……。
世の中どういう縁があるかわからない。
日比野さん、ご教示いただきましてまことにありがとうございます。
というわけで、以下の内容はこれまでずっと「ミナミホタテウミヘビ」と表記していたところを、「トンガリホタテウミヘビ」と書き直してあります。
※冒頭追記終わり
<本 編>
広々とした白い砂の海底に、ポツンと突起物が一つ。
トンガリホタテウミヘビが砂底から顔だけ出しているのだ。
目に見えないような微生物を除き、ほかに何もないようなところで顔だけ出して、彼はいったい何をしているのだろうか。
夜行性だから夜になるとそのあたりを徘徊して餌を漁っているのだろうけれど、だからといって日中このように過ごしている意味は不明だ。
そもそもこんなところ、フツーは誰も何も通らないのだ。
ダイバーだって、そこにトンガリホタテウミヘビがいると知らなければ、離れたところを素通りしていくだけ。
……という時代は、彼にとってはシアワセの日々だったことだろう。
前世紀から今世紀に入った頃の水納島なら、砂地の各ポイントには、行けば必ずこのトンガリホタテウミヘビに会える場所がいくつかあった。
居心地のいい場所に住み着いた彼らは、長期に渡って同じところに居続けてくれるから、「いつもそこにいる魚」だったのだ。
ところがいつの頃からか、トンガリホタテウミヘビと出会う機会がめっきり少なくなってしまった。
デジタルカメラの登場以来、猫も杓子もカメラ片手に潜るようになっている今、砂底にこのような魚が居ようものなら、サバンナのサファリにおけるチーター親子なみに、カメラに取り囲まれてしまう。
なかには彼らの砂中の姿を観てみたい、見せたいなんてヒトもいて、せっかく静かにたたずんでいる彼の傍らの砂を掘り起こしてしまう輩も。
実は彼らは表に出ている顔同様、100cmもある体まで垂直に埋まっているわけではなく、顔から下はほぼ海底に水平状態で埋もれている、ということが明らかになったのは、そういった方々のおかげという話もある。
とはいえ、誰も彼もが同じことをすれば、夜に備えて休憩中のトンガリホタテウミヘビとしては、たまったものではないだろう。
夜に備えてといえば、彼らの猫目は開閉自由で、黒目の大きさが随分変わる。
おそらく日中の明るい時は猫目状態で、夜にクッキリお目目になっているのだろう…
…と思いきや、フツーに明るい日中に、↓こんな目をしていたトンガリホタテウミヘビ。
スペシャルメイクでパッチリお目目になりました的な、劇的な変化だ。
そんなこんなで、昔に比べればすっかりレアな魚になってしまったトンガリホタテウミヘビ。
レアじゃなかった頃は、時にはオドリカクレエビの拠り所にすらなっていたのに……。
レアになってしまったトンガリホタテウミヘビながら、ふとした拍子に出会うこともある。
ただしウカツに近寄ると……
レアだけにダイバー慣れしているわけではないから、すぐに引っ込んでしまう。
そのご尊顔を間近でじっくり拝むためには、彼の機嫌を損なうことなく、ソロリソロリとお近づきにならなければならない。
近づくだけで引っ込む彼らの巣穴を暴いてしまうなどという暴挙は、慎みましょうやめましょう。
※追記(2022年12月)
本文中で紹介しているように、今やすっかりレアになってしまったトンガリホタテウミヘビが、今年(2022年)は夏からずっと、少なくとも11月まで、ほぼ同じ場所に居続けてくれている。
しかも、その昔フツーに出会えていた頃よりも遥かにサービス精神旺盛で、ゆっくり近づけば、むしろさらに身を乗り出すほど。
夏に出会った当初は、どうせすぐいなくなってしまうのだろうなぁ…と諦観していたのだけど、少なくともその後3ヵ月半は健在だった。
周辺の砂底がダイバーがズリズリ這うことによって乱れている様子を観たことがないところからすると、本島から潜りに来るショップさんたちに存在がバレていなかったってことかな?
もっとも、久しぶりに出会えるとうれしいトンガリホタテウミヘビも、ずっといるとなると、いつも顔を出してパクパクしているだけだから、観ていてさほど面白味があるわけでもない。
1分ほど動画を撮ったところで…
口をパクパクさせ、多少体を出し入れする以外、動きはまったくない。
しかしこれが1分じゃなくて24時間撮り続けたとしたら、かなり興味深い動きが観られるのは間違いない。
NHKなら可能かも?