全長 12cm
ほんのりとした色彩に穏やかな卵形の体型で、観るものの心をやさしく和ましてくれるミスジチョウチョウウオ。
しかし本種はサンゴのポリプが主食なので、サンゴ礁が壊滅的被害を受けてしまえば、その数を徐々に減らしていくだろうと言われている。
98年のサンゴ白化の翌年、日本の海中公園がサンゴ減少との関連で魚の個体数の調査を実施した際、指標魚として選ばれたのがミスジチョウチョウウオだった。
ところが、たしかにサンゴだらけだった白化までと比べたらその数は減っているにせよ、白化後数年経っても、彼らの姿をわりとよく見かけた。
同じくサンゴのポリプを主食にしているチョウチョウウオ類では、白化後はむしろヤリカタギがその影響をモロに受け、まったく観られない期間が随分続いた。
図鑑によるとこのミスジチョウチョウウオは、成魚は小型の藻類も食す、とある。
とするとオトナはたとえサンゴが壊滅しても、代替食でかろうじて生き延びていたのだろう。
指標とするなら、ヤリカタギを選ぶべきだった。
でもポリプ専食の幼魚となると話は別で、オトナがどれほど泳いでいても、実は次世代がまったく育っていない環境になってしまっていたのだ。
その後十数年を経てサンゴが随分復活してくると、ミスジチョウチョウウオの幼魚の姿をあちこちで見かけるようになった。
よく目にする幼魚というと、↓これくらいのサイズのものが多い。
ゲストにご案内する際には、100円玉サイズとか500円玉サイズなどと書いて紹介している。
これが1円玉サイズとなると、出会えたヨロコビ度が高くなる。
幼魚が出始める夏の終わり頃にミドリイシ類のサンゴをサーチすると、1円玉よりも小さく、もはや両替不能(?)の激チビ↓に出会えることもある。
トリクチス幼生時代を終えたばかりくらいの、ホントにミスジチョウチョウウオなの?と問われたらどうしようと思ってしまうほどのチビチビだ。
ミスジチョウチョウウオ自体は見慣れた魚でも、こんなに小さな幼魚にはそうそうお目にかかれない。
彼らがこうして健やかに暮らしていられるのも、これすなわち、食住を提供するサンゴが復活したおかげ。
一時は稀種への道まっしぐらだったけれど、こうして再び、ごくごく普通に見ることができる「普通種」になってくれたミスジチョウチョウウオなのだった。
※追記(2019年11月)
「普通種」ではあるけれど、なかにはフツーじゃないミスジチョウもいる。
今年(2019年)は夏以後やけにミスジチョウのチビターレの数が多く、いささかミスジチョウチビチビバブルの感があるほど。
リーフ際などのサンゴの枝間には「そこらじゅうに」といっていいほどあちこちにいるから、かなり見飽きてしまった感を抱いていた10月のこと。
見慣れているはずのミスジチョウチビが、見慣れない魚に見えた。
ん?
100円玉よりもほんの少し大きいくらいのチビターレなんだけど、何かが違う。
その「何か」は、すぐ近くにたくさんいる同サイズのチビターレを観れば一目瞭然だった。
こちらがノーマルチビ。
「変」な子は、黒インクが足りなくなったプリンターで無理矢理印刷された写真のようになっているのだ。
個性が尊重される(という建前の)人間社会とは違い、魚たちの世界では浮いてしまうと即生命の消失に繋がるから、このような色彩異常(?)のままこの大きさまで育つのは、きっとかなりレアなのだろう。
多すぎるあまり「はいはい、ミスジチョウのチビね…」でスルーしなくてよかった。
はたしてこのブラックレスミスジ、どこまで大きくなれるだろう??
※追記(2020年6月)
今年(2020年)のシーズン前半は、コロナ禍のせいで「シーズン」ではなくなってしまったため、普段のこの時期では考えられない時間帯に潜ることができている。
サンセットだ。
初夏のサンセットといえば、いろんな魚の繁殖行動が観られる時間帯。
おかげで小型ヤッコ類をはじめ、この時間帯ならではの産卵シーンを久しぶりにたくさん観ることができた。
でもチョウチョウウオ類は、サンセットというよりも日没後、もっと暗くなってから産卵を行うものが多いため、そうそう目にすることはできない……
……と思っていたところ。
ちょうど日没頃だったろうか、リーフの上でナズリング行動をしているミスジチョウチョウウオに気がついたオタマサ。
背景が暗く写っているけれど、実際の海中はまだ残照が残っていてもっと明るく、肉眼でフツーに遠くまで見渡せるほど。
そんな「明るい」時間帯にチョウチョウウオ類が産卵するの??
…というギモンを他所に、ミスジチョウチョウウオカップルは、先ほどの小型ヤッコたちと同じように、オスが鼻先でメスの腹部を刺激し続けている。
オタマサによると小型ヤッコたちよりもこの行動をする時間は長く、少なくとも5分以上しつこいくらいに続いたかと思ったら……
産卵!!
小さな写真じゃわかりづらいけど、卵のツブツブがハッキリわかる。
あれほどパンパンに膨らんでいたメスのお腹は、この一度の産卵であっという間に萎んだという。
リーフ上には他にもたくさんミスジチョウチョウウオたちがいるにもかかわらず、産卵行動をしていたのはこのペアだけだったそうな。
やはりチョウチョウウオ類の産卵にしては、いささかフライング気味の時間帯なのだろうか?
※追記(2020年11月)
そういった繁殖行動にも関係しているのか、チョウチョウウオ類のなかには、普段はペアで暮らしているのに、あるときふと集団になっていることがある。
ミスジチョウチョウウオもリーフ際でたまにやっている。
繁殖期が訪れる前に、ペアのシャッフルでもやっているんだろうか??
※追記(2023年10月)
今年(2023年)の初夏にも、団体行動になっていた。
これはもうすぐ日没というくらいの夕暮れ時のことで、ペア同士がここで偶然遭遇したというわけではなくて、ワタシが観ている間はずっとこの7匹で行動し続けていた。
7匹ということはチョウチョウウオ類の通常スタイルであるペアごとになると1匹余るわけで、なおかつこの7匹の中にお腹の大きなものが2匹ほど混じっていた。
やはり産卵前のペアシャッフル的椅子取りゲームなのかもしれない。
ワタシが観ていたあとにこの団体に出会ったオタマサは、やがて集団がペアごとに分散していくところを目にしたという(余った1匹はどうなったのかは不明)。
3年前にオタマサが目撃したミスジチョウの産卵は、完全に日が沈んだあとの暗がりのなかだったから、このあとほどなく産卵タイムに入るのだろう。