全長 20cm
ミツボシキュウセンの三ツ星とは、いわゆるランク付けの意味合いではもちろんなくて、おそらくは模様のことなのだろう。
でも星に例えられそうな模様といえば、尾ビレ付け根付近の黒点と、胸ビレの少し上にある点……
二つ星じゃん!!
しかもその黒点のうちの胸ビレ側のほうは見えないこともあるくらいだから、なんだか大した料理を出さないくせに「三ツ星シェフ」と謳われる料理人のような胡散臭さがある。
実は黒点とはまったく関係ない「三ツ星」模様があるとか??
ミツボシキュウセンは浅いところが大好きなベラで、リーフエッジより外側ではせいぜいリーフ際で幼魚の姿をポツポツ見かける程度で、オトナにはまず会えない。
ところがインリーフ、たとえば海水浴場エリアあたりを泳げば、ごくごくフツーに姿を見ることができる。
基本的にクリーム色系のおだやかな体色で、そこにいかにも「ベラ」っぽい派手な模様が、わりと控えめに散りばめられている。
↑これは冒頭の写真と同サイズくらいのオス。
まったく色彩が異なるのは、冒頭の写真が興奮モードの婚姻色だからだ。
その興奮モードについては後に触れるとして、メスはというと……
図鑑によっては、尾ビレの付け根付近の点が黒いものはオスで、メスのその点は小さくオレンジ色である、と述べられているものもある。
しかしそれに準拠すると、↓これは全員オスってことになってしまう(真ん中付近の薄茶色のベラは別の種類)。
それはさすがにあり得ないから、メスにも尾柄部の黒点はある、と理解している。
ノーマル状態のときには1匹のオスオスした「オス」の周りにポツポツメスが観られるミツボシキュウセンたちは、みんなで行動を共にするというより、みんなで同じ場所にいる、といった暮らしぶりだ。
ところがこれが繁殖期になると話は別で、普段は姿を見せることがないリーフエッジ付近に集団で押し寄せてくる。
なんだか「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ、えらいこっちゃ!!」とばかりに訳も分からず右往左往しているように見えるほど、活発にリーフ上を集団で泳ぎ回るミツボシキュウセンたち。
近隣1km四方のミツボシキュウセンたちが全員集まっているかのようなこのお祭り騒ぎ、これは繁殖期特有のフィーバーで、産卵に至るまでのムード盛り上げイベントのようだ。
面白いのは、この場に婚姻色を発露しているオスオスした「オス」の姿も見えるのだけど、ムード盛り上げフィーバーである「えらいこっちゃ祭り」の主導権をまったく握っていないところ。
個体ごとの繁殖戦略とか個々の生理機能など、話はややこしくなる一方だし、ワタシ自身もわかっているようでよくわかっていないからなるべく触れないようにしている魚たちの性転換。
魚たちの多くで、メスからオスに、またはオスからメスに性を変えることが知られているのはご存知のとおりだ。
そのうち最初にメスとして性成熟してから、選ばれし勇者がオスになる場合を雌性先熟タイプといい、多くのベラ類もこのタイプになる。
なので単純に考えると、最初はみんなメスで、一部の勇者だけがオスになる……
…と理解してしまう。
ところが、実は必ずしもそうではないことが明らかになっている。
というのも、雌性先熟が知られている種類でも、その一部には生まれながらにしてオスという者たちもいることが明らかになっているのだ。
つまり、見かけは「メス」なのに、生理機能はオス。
そのジジツが明らかになって以来、彼らのことを「一次オス」と呼び、まずメスになってからオスへと性転換したものを「二次オス」と呼び分けるようになった。
ややこしいことに、その一次オスも成長して老成すると二次オスと同じような色柄になるのだそうで、そうなってしまうと一次だ二次だと区別する意味が分からなくなるものの、注目すべきはまだメスの色味とサイズでいながらにしてオス機能を有している段階の一次オスだ。
彼らは見かけもメスならサイズもメスなので、いかにもオスオスした二次オスのように、縄張りのなかに複数のメスを囲い、近寄る他のオスを追い払いながら、それぞれのメスとペア産卵する……という力強い繁殖行動をとることができない。
しかしオスでありすでに性成熟している以上、自分の遺伝子を残したい=メスの卵に受精させたい。
そんな彼らに残された手段が2つある。
ひとつ目は、オスオスしている「オス」主催のペア産卵のどさくさに紛れ込み、自分も放精する、という方法だ。
スニーキングという用語もあるこの行動は、サイズが小さく見かけはメスな一次オスにはうってつけで、初めて知ったときには思わず感心してしまった。
もっとも、どさくさに紛れ込まれる「オス」のほうも、ただやられっぱなしというわけではない。
1、2度被害に遭えば、どいつが一次オスかひと目でわかるようになるのだろう、興奮モードになってメスを誘う動きをしているときに、コソコソコソ…と近寄って来る一次オスの姿を見つけたら、怒髪天を衝く勢いで彼方まで追いやる。
メスにアピールしているくせに、なんでこっちのメスは追い払うんだろう?なんてシーンがあれば、それはまず間違いなく縄張りの主である「オス」が、一次オスを駆逐しているところと思っていい。
このコソコソスニーキング戦術は、縄張りの主であるオスに対し、メスの数が少ない場合の常套手段のようだ。
一方、「オス」に比してメスの数がとんでもなく多いという場合もある。
そういう場合にいちいちペア産卵の順番を待っていたら、メスはメスで自分の遺伝子を残すという意味において、あまりにも無駄が多い。
それよりもみんなで一斉にワァ―ッとやっちゃいましょう!!
それが第2の手段、集団産卵だ。
一度にワァーッとやっちゃおうというメスが大集合しているところにメスのナリをした一次オスが何匹加わろうとも、もはや縄張りの主の「オス」はどうすることもできない(それでも追い払ったりはしているみたいだけど)。
そして「オス」が手も足も精子も出せずウロウロオロオロしている間に(上の動画がまさにそんなシーン)勝手に盛り上がったメス&一次オスたちは、集団のまま産卵行動に入る。
そこに「オス」の姿はまったく見当たらない…。
「オス」は「オス」で、また別の機会にペア産卵という至福の瞬間があるのかもしれないけれど、縄張りをキープするだけして、「実」は一次オスにかすめ取られているのだとしたら、なんともやるせない……。
その一次オス、見かけ上はメスと変わらないから区別はまったくつかないのだけど、動画とは別の時に、婚姻色を発している「オス」に追われていたメス体色のものがいた。
恋の季節にオスに追い払われているくらいだから、コイツもどうやらスニーカーなのだろう。
ついつい「コイツ」扱いしてしまうのは、いささかやるせない「オス」に感情移入してしまうからであることはいうまでもない…。
ミツボシキュウセンは普段の暮らしも繁殖シーンもごくごく浅いところで観察でき、サンプル採集も容易ということもあって、こういった性転換にまつわる生理機能や繁殖行動の研究対象にしやすいらしい。
なにげにアカデミズム変態社会に貢献しているミツボシキュウセンなのである。
さてさて、手段はどうあれ、毎年繁殖しているミツボシキュウセンたち。
そのチビになら、リーフの外の浅いところで会うことができる。
余計な模様がほとんどないその純白のたたずまい、清楚とはこういうことをいい表わすのだろう。
↑これで5cmほどで、もっと小さい3cmほどだと↓こんな感じ。
この頃までしかない尾柄部の小黒点、そして鼻先の黄色いラインが、まるで別の種類かと思わせるチビターレだ。
このチビターレが、将来的にスニーカーになるのか、はたまたまずは楚々としたメスになるのか、姿を見るだけでは絶対に誰にも分らないのだった。
※追記(2021年12月)
底砂が白い砂地のポイントのリーフ際で観られるミツボシキュウセンのチビターレはたいてい真っ白なのだけど、同じリーフ際でも死サンゴ礫にたくさん藻が生えるほど浅いところやリーフの中で観られるチビターレは、随分色づいている。
ミツボシキュウセンのチビターレがやたらとたくさんいるビーチのなかで撮ったもの。
同じ5cmほどでも、まったく色が異なっている。
藻がたくさん生えている死サンゴ礫が集まっていると、水面上からは黒っぽく見えるくらいだから、そういうところに純白の体でいると、悪目立ちしすぎてサバイバル的に不利になるからなのだろう。