全長 7cm
水納島でもわりとフツーに観られるミヤケテグリ。
フツーに観られるわりにはその存在は長い間知られておらず、新種記載は1985年のこと(三宅島在住の有名な魚類学者ジャック・モイヤーさん(故人)が発見し、標本を得たもので、学名の種小名moyeriは、その功績に対する献名)。
ちなみにニシキテグリは1927年、コウワンテグリに至っては1770年(!)にそれぞれ新種記載されているくらいだから、ミヤケテグリはまだまだ新参者も新参者なのだ。
新種記載されてから10年しか経っていなかったこともあって、我々が水納島に越してきたばかりの頃のミヤケテグリは、ダイビング業界的にはちょっとばかし話題の魚扱いだった。
フツーに観られるといってもけっして目立つわけではないけれど、砂地に点在する根にジッとしつつ岩肌に注意を向けていると、そこかしこでキーコキーコと動いているこの魚に気づくはず。
1匹見つけるとたいていその近くに大小何匹かいて、それぞれがキーコキーコと動いてはエサをモグモグ食べている。
水中では赤色が吸収されてしまうため、肉眼で観ていると、ミヤケテグリはただの地味な小さい魚でしかない。
なので、スレートに「ミヤケテグリ」と書いて指し示すだけでは反応がイマイチなゲストも、光を当ててその鮮やかな赤が浮かび上がると、眼の色が変わる。
もっとも、水中での赤は、けっして目立ちたいのではなく、目立ちたくないからこそのカラーリングだから、光を当て続けると嫌がってその場を離れてしまうことが多い。
猫も杓子もコンデジの昨今では、ピントを合わせやすくするためやストロボを使わずライトの光で撮ろうと、明るいLEDライトをつけたまま不用意に近づくヒトがものすごく多い。
また、昨今のコンデジはレンズの直前でもピントが合うから、マクロ撮影などの場合は押しつぶすくらいの勢いで被写体に接近するヒトも数多い。
他者を慮ることがなくなってしまった日本人の姿、極まれり。
ウミウシのようにサッと逃げないものならばともかく、イヤな光も近づく脅威も大嫌いな魚は、一瞬で逃げてしまうことになる。
ミヤケテグリも危険を感じるとすぐに暗がりや陰に行ってしまうけれど、ライトを照らし続けずにじっくり観ていると、逃げずに普段の様子を見せてくれる。
もっとも、そのキーコキーコ動きはけっこう行きあたりばったりで、彼らの動きに合わせて進行方向を予測しつつレンズを向けると、次のキーコはまったく違う方向へ行ってしまったりする意外性も持つ。
そんな撮りやすそうで撮りにくいミヤケテグリは、メスや子供のほうが圧倒的に多い。
メスや子供の第1背ビレ(2つに分かれている背ビレの頭側の方)は小さく、目一杯広げても↓これぐらいでしかない。
それも常時開いているわけではなく、気分で開けたり閉じたりを繰り返していて、閉じている時間のほうが長い。
観ていて楽しい稼働部は背ビレだけではない。
その口も、よく観ていると伸縮自在。
まだ幼いミヤケテグリのおちょぼ口だって……
ビヨ〜ン!
これはアクビで、わりと短時間に何度もやってくれるから、目にする機会は多い。
ミヤケテグリの5mmくらいの極チビは、体がほとんど白く、脇にほんの少し赤味があるくらい(セソコテグリのチビと区別がつかないけど…)。
何度か出会ったことがあるものの、いずれの場合もゲストをご案内中のため、記録に残すことはできなかった。
手元にあるミヤケテグリのミニマム記録はこちら。
1cmちょいのチビチビ。
本島からやってくるダイビングボートなどほとんどなく、各ポイントに訪れるダイバーがホントに少なかった昔はいたるところでフツーに観られたミヤケテグリも、残念ながら近年はその「フツー度」が随分落ちてきている気がする。
フツー度が高かった頃でも、立派なオスに出会う機会は少なかった。
おそらく1匹のオスが複数のメスを抱えるハレム社会の彼らにとって、小さな根は何匹ものオスの存在を許さないのだろう。
オスはメスに比べて体が随分大きい。
そして最大の特徴は、その第1背ビレ。
普段は畳んで寝かせているため、1本の針のようにしか見えないけれど…
気持ちが高ぶってくると、この背ビレをシャキーン!と全開させるのだ。
オスと出会ったらこれ幸いとばかりにこのシャキーン!を撮らせてもらおうと思いはすれど、ミヤケテグリならずとも、そーゆー気分じゃないときにそうそう盛り上がってはくれない。
そこでわざと盛り上がってもらおうと、小さな鏡を彼らの前に立てる、なんて小細工もいっとき流行ったものだった。
そういった小細工の労を惜しみ、なんとかミヤケテグリのオスの気持ちが盛り上がってくれるのをただ待っているだけでも、たまにはチャンスが訪れることがある。
お、ちょっと盛り上がり加減?
あ、開きかけ!
おお、あと一息!!
そして全開!!
……向こう向きで(涙)。
撮りたいオーラが前面に出すぎてしまっていたのだろう、最後の最後でプイッとそっぽを向かれてしまった。
この時はこれかぎりで、以後待てど暮らせどまったく開いてはくれなかったミヤケテグリオス。
ま、次の機会に撮ればいいか……。
…とその場をあとにしてから9年近く経った今、オスに出会うこと自体がレアケースになってしまっているのだった。
初夏くらいの日没時には、このオスがメスを大きな胸ビレに載せるようにして共に上昇し、産卵するという。
ああ、是非観てみたい。
しかし夏のその時間といえば、格好のビールタイムなんだよなぁ……。
などと言っているうちに、ついにはオスメス問わずミヤケテグリに会えなくなる日が来てしまうかもしれない。
※追記(2020年1月)
この稿をアップしたのは2019年の大晦日なんだけど、それ以前からもちろん潜る都度ミヤケテグリサーチをしていた。
明けて新年、潜り初めではもちろんミヤケテグリを探した。
が。
これがまた、全然いない。
けっこうマジメに探しているというのに、1ダイブで1匹見つけられればいいほうで、そこらじゅうの根からミヤケテグリが姿を消している。
ただ、夏場など本島から来るダイビングボートがしょっちゅう停まっているポイントでの激減ぶりに比べ、普段ほとんどダイバーが訪れていないであろう場所に行くと、ミヤケテグリにわりと会える傾向がある。
その因果関係はさておき、そういうことなら…と、普段あまり訪れないところに行ってみると……
いた。
メスかな?と思うほど小ぶりだったのだけど、アヤシゲに動かしている背ビレは……
オスだ!
しまった、チャンスを逃すまじと気が逸るあまり、ヒレを全然広げていないのに撮ってしまった。
もうこれでやめちゃったらどうしよう…
しかし彼はやめなかった。
もうひと声!!
おお、ほぼ全開。
でも背ビレはもう少し前に倒せるんじゃ??
キーコキーコと移動しながら何度もやってくれるので……
さらに全開。
念願かなって、やっと前横側から撮れたのだった。
でも、先に紹介してある後ろ側から撮ったオスの背ビレと比べると、なんとなく小さく見えるのだけど……。
↓これはかつてフィルム時代にオタマサが撮ったミヤケテグリのオス(約20年前)。
背ビレはあと一歩で全開というところながら、体に比したそのサイズは大きく見えるし、体全体も大きい。
やはり体が小さいと背ビレの割合も小さいということなのだろうか。
かつて猪神の乙事主の一族たちが矮小化し言葉を失っていったのと同じく、もはやミヤケテグリ一族でも立派な背ビレを持っているものは失われつつあるのだろうか?