全長 200cm(写真は100cmほど)
ダイビングには様々な危険がつきもの。
…という厳然たるジジツは、ダイバーならば誰もが自覚していることで、そのほとんどが、キチンと備えていさえいれば回避できる。
でもノンダイバーの方々が真っ先に思い浮かべる「ダイビングにおける危険なこと」といえば、エアー切れでも潜水病でも漂流でもなく、向こうからやって来るものだ。
サメである。
これはもう、ノンダイバーが思い浮かべる「ダイビングにおける危険」ダントツ一位といってもいい。
「このあたりはサメとか出ないんですか?」
という質問を、ノンダイバーの方々からこれまで20万回くらい受けたろうか(※脚色アリ)。
そんなノンダイバーのみなさんの心配をよそに、恐れるどころかわざわざサメを求めて潜りに行くダイバーは数多い。
国内では、与那国のハンマーヘッドがその最たるものだろう。
そしてジンベエザメに出会えば狂喜し、悠々と泳ぐ大型のメジロザメなどを横目で見ては「オオッ……」と目を見張り、ケージの中に入って身を守りつつ、ホオジロザメの姿を観るという、ほとんどビョーキの世界もある。
ことほどさように、ダイバー間ではサメは海中で出会うとうれしい「大物」として認識されているのだ(伊豆の海水浴場付近でシュモクザメが目撃された!人喰いザメだ!と騒ぐマスコミは、そのあたりの事情をまったく知らない)。
ところがネムリブカはそんな人気大物であるサメの仲間でありながら、これまでに上記のような「大物サメ」を見てきた履歴をお持ちの方々にとっては
「ふ〜ん、ネムリブカね………」
という程度の対象になってしまう。
暖海では最も出会う確率の高いサメなので、熱帯、亜熱帯の暖かい海でたくさん潜っておられる方にとっては、ツノダシと同じくらいフツーに出会える魚なのである。
でも、なるべくなら海中で大型の魚食ザメとの出会いはご辞退申し上げたいという人々にとっては、彼らネムリブカは最も安心して眺めることができるメジロザメ系のサメであるともいえる。
なにしろ「眠り」ブカ(フカ=サメのこと)なのだから。
その名のとおり、日中は暗がりでジッとしていることが多いネムリブカは、英名ではヒレの先端の白い模様からホワイトチップシャークなどと呼ばれる。
一方沖縄方言では、その名もニーブヤー。
居眠りしているヒト、という意味だ。
ところで、「いかにもサメ」なフォルムをしているメジロザメの仲間たちは、泳いでいないと鰓に海水を送り込むことができなくなり、酸欠になって死んでしまうという。
では同じメジロザメ科のネムリブカは、ジッとしている時には死の寸前まで息をこらえてガマンしているのだろうか。
そうではなかった。
ネムリブカはメジロザメの仲間では珍しく、泳がずとも海水が鰓に流れ込むシステムを開発しているのだ。
サメ界ではきっとハイテクなのであろうこの便利なシステムにより、けだるい日曜午後3時、彼らはまるで眠っているかのごとく岩陰でくつろぐことができるのである。
ときには一つの穴に、何匹もたむろしていることがある。
写真は4匹(3匹+後にもう1匹)だけど、多いときはこの場所に12匹もゴロゴロしていたことがあった。
そのように団体でいるのはまだ若い子たちで(1m未満)、それほど大きくないから間近で見てもさほど怖くない。
怖くないどころか、よく観るとわりと猫目であることがわかる。
映画「JAWS」に出てくるホオジロザメの目なんて、永遠に分かり合えなさそうな無機質マシーンの眼だけれど、ネムリブカの眼を観ていると、なんだか話せばわかりあえそうな気もしてくる。
日中は「眠り」ブカなネムリブカも、何が何でも意地でもジッとしているというわけではない。
スペースに余裕があるところなら、けっこう活発に泳いでいることもよくある。
ネムリブカたちは夜間が食事タイムであることを知っている魚たちは、そばでネムリブカが泳いでいても、ほとんど気にすることがない。
なので時にはサザナミヤッコとツーショット、なんてこともある。
ワタシとしても、こういう限られたスペースのなかなら、たとえバターになるくらいにグルグル泳いでいても、ネムリブカという安心感がある。
でも150cmくらいあるサメが外を泳いでいると…
こんな小さな写真のなかで小さく写っていると迫力もへったくれもないけれど、150cmほどあれば海中では2mくらいに見え、そしてこのフォルムとなると、たとえネムリブカでもサメはサメ、アドレナリンがジワリと出てくる。
下の動画は、すぐ上の写真を撮った後、ここは動画だと思い直してすぐさま撮ったもの。
「泳いでいる」動作はさほどしていないのに、悠然と泳ぎ去っていった。
↑これくらい距離を置いていると、泳いでいても落ち着いてみていられるけれど、アングルによっては昼間のネムリブカですら迫力が出る。
やっぱサメだわ…。
水納島でもその昔は、ネムリブカがいつでも見られるサメ穴が何ヵ所かあって、体験ダイビングのゲストですら、フツーにネムリブカと出会うことができていた。
まだ島の人たちが夜な夜な海に繰り出していた頃、ある程度の戦果(?)を得てホクホクしつつ泳いでいた機関長キヨシさんなんて、浮きをつけて牽引していた戦果にネムリブカが食いついてきたことがあるという。
そうはさせじと夜の海でネムリブカと格闘し、なんとか勝利をもぎとったそうな…。
昼間ジッとしているネムリブカは、実は夜の帝王なのだ。
歯だってけっこうスルドイ。
暗闇の中でライトを当てたところにサメが居た日には、それがたとえネムリブカであろうとも体中にアドレナリンが充満するだろうなぁ…。
ネムリブカとの遭遇頻度が多かったそんな時代も今は昔。
何年もの長きに渡ってずっと同じサメ穴に居てくれたネムリブカは(ずっと同一個体ではなかったと思うけど)、口に大きな釣り針がかかり、そこから釣り糸を垂らしながら泳いでいるのを見たのを最後に、その後同じ場所では他の個体も含めまったく観られなくなってしまった。
そのサメの口元にかかっていた大きな釣り針とラインから察するに、夜の帝王状態のときに、おそらくタマンやその他水産資源を狙った延縄漁にかかっちゃったのではないかと思われる(すでに掛かっている魚を食べるから)。
かつて12匹も居たことがある別のサメ穴でも、近年はせいぜい2匹いれば御の字といったところだ。
また、以前は生まれたばかりくらいのネムリブカチビターレ(50cmくらい)にちょくちょく会えたのに、近頃ではネムリブカといえば、季節を問わず120cm超のオトナばかりになっている。
ネムリブカの減少は水納島に限ったことではないらしく、世界中でもその減少が懸念されているらしい。
その原因の最たるものは漁獲圧だそうで、空前の釣りブームがそのまま慢性化している日本でも、わざわざサメ狙いでネムリブカを釣っているヒトがたくさんいるようだ。
そこに直接的であれ間接的であれ漁業も加われば、そりゃ減りますわな、ネムリブカ。
生後5年でオトナになり、マックス25年と言われる寿命の間、2年に1度3匹前後の子を産む(卵胎生です)サメが、世界的に減っている……
…ってのは相当深刻な話のはず。
しかし地球が危ないッ!!と言われても金儲けを優先し続ける人類のこと、ネムリブカが危ない、と言われて危機感を抱く人など、グローバル経済の地球では限りなくゼロに近いことだろう。
国際自然保護連合(IUCN)では、準絶滅危惧種に指定されているネムリブカ。
まだかろうじて「フツーに会えるサメ」であるうちに、たくさん会っておきましょう。
一昨年のかなり長い期間ずっと居続けてくれた↓このチビたち(40cmほど)が、その後立派に育っていますように…。