水納島の魚たち

ニジハタ

全長 25cm

 根の公序良俗、安寧秩序を守るといういっさいの責任はユカタハタ(時にはアザハタ)に任せ、勝手気ままに暮らしている街の兄ちゃん、といった感じのニジハタ。

 ユカタハタやアザハタがビトー・コルレオーネなら、ニジハタはやんちゃすぎるソニーといったところか。

 サイズもユカタハタより小ぶりで、そのくせわりと好奇心旺盛だから、随分いたずらっ子っぽく見える。

 そんな彼も、縄張りへの侵入者が気になるのか、カメラを構えているといつの間にかそばに来ていて、岩の陰やウミシダの隙間から、こちらをじっと見ていたりする。

 ダイバーにさえ自ら近寄ってくるくらいだから、日々苦労が絶えないゴッドファーザーたちに比べると、普段の姿をわりと気安く見せてくれる。

 ヤギ類の枝間に寄りかかり、心地よさげに休憩するのも、ニジハタならではのお馴染みの姿だ。

 ここを縄張りにしている彼らのとびきりのデートスポットなのか、時には2匹揃って休憩していることも。

 警戒心がゆるいおかげで、ニジハタは、ホンソメワケベラなどにクリーニングしてもらっている時でもまったく無防備であることが多く、その様子を間近で観させてくれる。

 あまりに無警戒に身を委ねてくれるものだから、ケアをするクリーナーとしても仕事がやりやすいのか、大胆にもニジハタの口の中に頻繁に出入りするホンソメワケベラの幼魚。

 ユカタハタなどがこういったクリーナーからケアを受ける場合は、岩陰の暗く目立たない場所であることが多い。

 ところがニジハタときたら、全身をフツーに晒している場合がほとんどだ。

 あ、ニジハタがエビ類に掃除してもらっている様子を目にした記憶が無いのは、そのためか?

 ゴッドファーザーたちに比べると背負っている責任(?)が小さいからか、随分呑気そうに見えるニジハタなのである。

 けれど、こと相手がウツボ類となると、どういうわけか異常なまでの闘争心を燃やす。

 ウツボ類の稿でも触れているニジハタの活躍ぶりを、ここでまとめてみよう。

 自分よりも遥かに大きなゴマウツボを追い立てるニジハタ。

 リーフ際の岩肌から顔を出しているハナビラウツボを追い詰めるニジハタ。

 どう見てもイジメにしか見えないくらいに小さなヒメウツボに、執拗に嫌がらせをするニジハタ。

 どうやらニジハタは、ウツボが大嫌いらしい……。

 そんなアンチウツボのニジハタがウツボに返り討ちに遭ったというシーンは観たことがない。

 そのかわり、手を出してはいけない相手に手(口)を出してしまい、取り返しのつかない事態に陥っていた子がいた。

 何を血迷ったのか、コクテンフグに喰らいついたようなのだけど………

 フグは食べられてしまわないよう膨れたままで居続ける、ニジハタの口はこれ以上開かない……

 …となってしまったのか、互いににっちもさっちもいかなくなって、観ている間ずっとこのままでいた(さすがに岩陰の暗がりに避難していた)。

 さすがソニー。

 やんちゃぶりもいいけれど、ちゃんと相手を見極めなくては、末期の哀れが約束されてしまう。

 普段の彼らはフグになど手は出さず、ときおり周囲の小魚をゲットしているようで、ニジハタがキンギョハナダイをゲットするのを何度か目にしたことがある。

 でも時には、彼自身がゲットされてしまうこともある。

 わりと大きなマダラハタのオトナが、岩陰で怪しく潜んでいたので、暗がりの中のその口元を観てみると……

 なんとニジハタ(赤い部分)をゲットして、思いっきり咥えこんでいた!!

 ハタって、ハタを食べるんだ……。

 もっとちゃんと撮りたかったのでじっくり迫ろうとすると、さすがハタ、気配を察知して奥へ奥へと身じろぎしながら逃げていく。

 かさばるデジイチセットだともはや限界を超えた狭さになってしまったから、すかさずポッケからコンデジを取り出し、穴蔵にカメラだけ入れて撮ろうとしたところ…

 ビュンッ!!

 と、マダラハタが穴の中でひと暴れ。

 そのため、画像は砂煙しか写っていなかった…。

 残念がっていると、その穴蔵から、ほうほうのていで脱兎のごとく逃げ去るニジハタの姿が。

 ワタシのせいで身の危険を感じたマダラハタが、こりゃ食べている場合じゃないと思ったのだろうか、それともニジハタが一瞬の隙を突いたのか、見事虎口ならぬハタ口からの脱出をとげたのだった。

 せっかくご馳走にありつけるところだったマダラハタには申し訳ないことをしたけれど、ニジハタには感謝されているかも。

 ところで。

 魚の中には名前に合計14文字も要する種類がいることを思えば、ニジハタなんてとてもシンプルで素晴らしい。

 それにしても、ニジハタの「ニジ」とはいったいどういう意味なんだろう。

 虹ハタ?

 でも彼らはレインボーカラーとは程遠い。

 気分次第で濃淡を変えるニジハタの体色には、大きく分けて赤味が濃いバージョンと薄いバージョンの2タイプある。

 濃い時。

 薄い時。

 リーフ際の暗いところにいる場合などは、岩肌のような色になっていることもある。

 いずれにしても彼らはすぐに体色を変えることができるのだけど、どんな色でいようと彼らに共通しているのが、尾ビレの模様だ。

 そう、ニジハタの尾ビレには「ニ」の字模様が。

 ニジハタとは、「ニ字」ハタだったのである。

 この模様は、チビターレの頃からしっかりトレードマークになっている。

 5cmほどのチビターレ。

 二の字模様がオトナ同様なら、やんちゃそうなところもまた、将来の姿を彷彿させるニジハタ・チビターレなのだった。