水納島の魚たち

オグロクロユリハゼ

全長 10cm

 ダイビングを始めて間もないうちから、やれエビカニだ、ウミウシだ、ハゼだベラだと探さなければ出会えない生き物を求めて騒ぐ方が増えたのは、今世紀に入ってからのこと。

 海で出会った生き物をほぼ網羅してくれているポータブルな図鑑やネット情報、そしてデジタルカメラなど、それ以前では考えられなかった便利グッズが次々に出てきたことも影響しているのだろう。

 おかげで、エントリーレベルのダイバーでも知識は変態社会級、なんてこともザラになった。

 20年潜っている方と、ダイビングを始めて間もない方が同じ魚を観て同じ価値観で喜ぶ、というのはそれはそれで楽しい。

 でも、駆け足で価値観だけをベテランダイバーと同じにすると、それまでに経験しておくべき楽しいことを、いろいろ見逃していくことになりはしないのだろうか。

 小学生の頃からスマホで聞く曲も学校放送で流れる曲もJ-POPという子たちが、ついに童謡に親しむ機会無くオトナになってしまうように(それが悪いことだと断言するつもりはありませんが)、その時その段階だからこそ味わえるワンダー感を知らないまま、ベテランダイバーになっていくような気がする。

 隣町へ行くのに車で行けば10分で行けるけれど、そこをあえて歩いていけば、ああ、ツクシがもう出ているねぇ、あ、桜のつぼみが膨らみ始めたねぇというような、他愛ないけれどそれはそれで楽しいものごとに出会えるのである。

 という意味では、このオグロクロユリハゼは、そんなツクシのようなものかもしれない。

 少なくとも沖縄の海で、「オグロクロユリハゼだ!」と目の色を変えてアドレナリンを噴出させるダイバーを、ワタシは観たことがない。

 砂地のポイントで潜ればごくごくフツーに出会えるオグロクロユリハゼは、オトナならたいていペアで暮らしている。

 その名のとおり尾ビレに黒い点模様が入っていて、同じ仲間に似た特徴のものがいないから、ひと目でそれとわかる。

 水深十数mほどのところからそこかしこに見られるオグロクロユリハゼ、まぁ手軽にチョチョイのチョイで写真を……

 …撮らせてくれることは滅多にない。

 というのも、このテの青く細長いダートゴビーの仲間たちは、もっぱら共生ハゼ系の巣穴にちゃっかり居候をしていることが多いのだけど、オグロクロユリハゼの場合は、

 「別にこの巣穴じゃなきゃ、ってわけじゃないんで……」

 という感じで、フツーにその場を離れて逃げていくことが多いのだ。

 何ヵ所かに緊急避難用巣穴をいくつか常備しているような余裕が観られる。

 そのため、こっちのペアを撮ろうと思ったら逃げられ、ではこちらのペアを…と思っても逃げられ、あとは永遠に同じことの繰り返しになる。

 おまけに彼らときたら、2つに分かれている背ビレの前側を、滅多なことでは広げない。

 青く細長いダートゴビー系は、ここという時にパッとヒレを広げてくれるものなのに、なぜだかオグロクロユリハゼは頑なで、後ろ側のヒレを広げて見せてくれることはあっても、前側も同時に全開、というチャンスを与えてくれない。

 ごくごくフツーに会える魚なのに、決めポーズは撮らしてくれないオグロクロユリハゼには、実はちょっとしたナゾがある。

 オグロクロユリハゼは、無地に黒点という尾ビレがノーマルタイプで、砂地のポイントの水深十数mほどのところで見られるものは、すべてこのタイプになる。

 ところが同じポイントでも、水深20mちょいにある根の周りにいるペアたちは、そのほとんどが……

 尾ビレが黄色地になっているものばかり、ということがあるのだ。

 拡大。

 ノーマルカラーと同じく、黒点の大きさは個体ごとに少々異なる。

 ちなみにノーマルタイプは↓こんな感じ。

 同じくらいの水深なら100パーセント尾ビレは黄色いかというとそういうわけでもなく、他の場所では同じ水深でもノーマルタイプの尾ビレペアが観られる。

 だからといって水納島の砂地のポイントの場合は、ノーマルタイプがフツーに観られる浅いところでイエロータイプを観ることはない。

 ちなみにこれまでのところ、ノーマルタイプとイエロータイプがペアになっているのは観たことがなく、どちらか一方に統一されており、イエロータイプがいる根の周辺のペアは、黄色の濃淡の違いこそあれ、みんなイエローテールだ。

 上の写真の場所では4〜5組ほどのペアがいた。

 ずっと観ていて尾ビレの色が変わったりすることはないから、感情でモードが変わるというわけではなさそうだ。

 やはりこの違いは、ある程度水深によるのだろうか。

 ちなみに、春から出現し始める幼魚たちで、すでに尾ビレが黄色くなっているものは観たことがない。

 ナリが小さいだけに行動範囲も狭いオグロクロユリハゼチビターレたちは、いざとなったらいつでも逃げ込める巣穴のすぐ上で、集団登校的に群れている。

 3〜4cmほどのチビチビたちは、危機を察知すると、全員が矢のような勢いで真下にある巣穴に逃げ込んでいく姿が面白い。

 こうして集団になっているうちの誰かが深場に行くと尾ビレが黄色くなるのだろうか。

 ああ気になる、オグロクロユリハゼイエローテール。

 ……って、すでにその謎はすっかり解明されているとか??

 追記(2023年3月)

 この春(2023年)にも、水深24mほどの根の近くでイエローテールペアが4〜5組ほど観られた。

 彼らはずっとイエローテールのままでいるのだろうか、それともノーマルカラーになるのだろうか。

 6日後に再訪したところ、はたしてイエローオグロたちは…

 …すっかりGONE。

 ノーマル、イエローを問わず、そこにはオグロクロユリハゼが1匹もいなくなっていた。

 オグロクロユリハゼにとっての黄色い尾ビレは、繁殖に伴う期間限定のフェスティバルみたいなものなのだろうか…。