全長 25cm
サンゴ礁のインリーフや浅いリーフ際には、たいてい石が転がっている砂底がある。
目を見張るような美しい何かがあるわけではなく、華やかなリーフにくらべれば、荒野のように殺風景な場所だ。
でもそういうところにしばらくたたずんでみると、それはそれでなかなかに興味深い生き物たちがたくさん暮らしていることに気づく。
オグロトラギスもそのひとつ。
隠れ家となる転石がゴロゴロしている転石帯で普通に見られる。
尾ビレの真ん中に黒い模様が入っているからこの名があるのだろう。
普段閉じていることが多い尾ビレだけど、広げるとこんな感じ。
たしかにかなり特徴的だ。
転石帯に多いオグロトラギスたちは、こちらが気づく前から、すでに彼らのほうがこちらの存在を感じ取り、興味深そうに目をキョロキョロさせている。
石の下や砂中の小動物を好物にしている彼らだから、目の前のダイバーが何か「掘り出し物」を見つけてはくれまいか、という期待のマナザシだ。
ためしに手近な石をめくって置いてみると、ワタシのことを警戒しつつも、やっぱり好奇心には勝てず……
すぐに石をチェックしにくる。
チェックしてもどうやらエサとなるナニモノもいなさそうと知ると、住処にするのはどうかしら?とばかり、メスが物件を下見し、2人で住み心地を相談していたりする。
世の中には、海底の転石をめくってはその下に潜むエビカニ類を見つけ、「ムフフ…」と不気味に笑っている変態社会のダイバーも数多い。
トラギスたちにしてみれば、彼らのそばにいるだけでいつでも好物のエビカニをゲットできる、便利なエサ発見マシーンでもある。
実際、やっと見つけたキンチャクガニを撮影中に、目の前でオグロトラギスに食べられてしまったゲストもいらっしゃるほどだ。
ちなみにキンチャクガニのボンボンは防御手段のためなどとよく言われるけれど、トラギスたちの前には何の役にも立たなかった。
そうやってダイバーの補助を得なくとも、彼らは自力で獲物をゲットする。
なにやら砂中にターゲットを捕捉したらしいオグロトラギス。
その0.3秒後、見た目からは想像もできない素早さでゲット!!
その速さ、次元大介の早撃ち級である。
エササーチの際には、フッ…と水流を砂底に吹きかけ、その下に潜む小動物を探ることもある。
オグロトラギス、なにげに頭脳派なのである。
食後には、お口の周りのエチケットにも気を遣うオグロトラギス。
ホンソメワケベラの幼魚にクリーニングをしてもらっているところ。
オトナのホンソメワケベラはもっぱら泳いでいる魚を中層に静止させてクリーニングをすることが多いけれど、オトナとの棲み分けを兼ねているのか、ホンソメワケベラのチビたちは、着底しているエソ類やハタ類、そしてトラギス類などの御用達になっている感がある。
こうして着底しているときのトラギス類は、腹ビレを使って体を支えているのがお決まりのポーズだ。
ただしその腹ビレを使った立ち方には2種類のバージョンがある。
バージョンその1……
バージョンその2……
ジッとしていたところ、好奇心をそそられるものに気づき、グッと身を乗り出した…というところか。
リーフ際の浅いところで、いつでもどこでもお目にかかれるオグロトラギスは、ずっと観ているだけでも飽きない面白おかしき魚だ。
けっして主役にならないかわりに、欠かすことのできない重要な脇役という意味では、往年の蟹江敬三に匹敵する存在感、それがオグロトラギスなのである。
※追記(2020年6月)
コロナ禍のためにヒマな今年の春から初夏。
いろいろと大変ながらも、ヒマなおかげで普段のシーズン中にはなかなか行けないでしたサンセットダイビングもできてしまっている。
サンセットといえば、魚たちの産卵行動。
日没前くらいから俄かに活気づく海中では、このオグロトラギスもまた、日中にはけっして見せないイチャイチャシーンを繰り広げていた。
お腹がポッコリ膨らんだメスの耳元に、なにやらささやきかけているかのようなオグロトラギスのオス。
その様子を観ていたオタマサによると、オスはあれやこれやとメスをその気にさせようと頑張りつつ、ときおり別のメスのところに行って同じようなことをし、再び戻ってきてはまたイチャイチャしていたという。
そして、オタマサが最初に「おっ?」とオグロトラギスの動きに気がついてから13分後のこと、それまでずっと着底していた2匹が……
まるで肩を抱き合うようにして宙に浮き始めた。
すると、オタマサが「オッ!!」と思う間もなく、シュッと10cmほど瞬時に上昇し、産卵・放精を終えたという。
あまりにも瞬時のことで、まったく意表を突かれたオタマサは写真には残せなかったものの、おかげでトラギスたちがこうやって産卵する魚たちであるということを初めて知ったのだった。