水納島の魚たち

オニダルマオコゼ

全長 35cm

 ダイビングの講習では、ダイビング自体の技術的なことや知識などのほかに、海の危険生物についても多少は学ぶ。

 一口に危険といってもいろいろあるけれど、結局のところ危険は、むやみやたらと触らないってことで防げるものが多い。

 そうはいっても、たとえ「自分は絶対危険な生物には触れないぞ」と心に誓っても、そこに危険な生物がいるってことに気づけなければどうしようもない。

 シーズンともなれば、沖縄の海水浴場の傍らに必ず掲げられる「海の危険な生物」の看板。

 そこに必ず載っている生き物の一つが、オニダルマオコゼだ。

 冒頭の写真のように砂地にこうやってポツンといれば、普通は誰だって気づくことができるだろうから、わざわざコイツの上に膝蹴りをする人はいないだろう。

 でも、こういう場合もある。

 さて、どこにいるでしょう?

 彼らはよく砂に埋もれているのだ。これで「気をつけましょう」って言われても……。

 砂に埋もれているとはいっても、全没しているわけではなく、たいていの場合、目、口、そして背ビレの一部が見えている。

 しかしなかには念の入っているものもいて……

 こうして顔だけをクローズアップしなければ、ちょっとやそっとじゃ存在に気づけない。

 彼らの毒は主に背ビレの棘にあって、それを踏んづけたりそれに肩肘ついたりした際にブスリとやられることになる。

 実際、波打ち際に潜んでいることもわりとあって、運悪く踏んづけてしまったら全体重が乗っかってしまうため、強力な毒がたっぷり注入されることになる。

 足の裏で踏んづけようものなら、たちまち足は5倍くらいに膨れ上がり、そのあと足から股関節、はては体中のリンパ節が痛みまくる。

 水納ビーチでも過去に海水浴客が何度かオニダルマオコゼの被害に遭っている(幸いなことに、いずれの場合も死には至っていない)。

 処置が早ければ生命まで奪われることは稀ながら、これが2度目となると話は違う。

 いわゆるアナフィラキシーショックのために、沖縄県内でもオニダルマオコゼの毒で命を奪われた方がいらっしゃるほどなのだ。

 オニダルマオコゼの毒、侮りがたし。

 オニダルマオコゼを探せ!

 もっとも、オニダルマオコゼの無駄なまでに強力な毒の被害に遭う人は、ダイバーではなくもっぱら海水浴客や潮干狩り客である。

 そもそも中性浮力をキチンととっているダイバーが海中でオニダルマオコゼに全体重を乗せて踏んづけるということはなく、背ビレの棘自体は太いので、たとえ触れてしまっても刺さるまでには至らないだろう。

 とはいえ君子危うきに近寄らないためには、まずはオニダルマオコゼの存在に気づけなければどうしようもない。

 というわけで、オニダルマオコゼにすぐ反応できるように、ウォーリーを探せ!ならぬオニダルマを探せ!トレーニング。

 その1

 その2

 その3

 その4

 すぐにわかった方は、これでもう安全ダイビングが約束されたも同然だ。

 え?

 わからない??

 お逝きなさい。

 嫌われ者?

 なぜにここまでジッと身を潜めているのかというと、それは他の魚たちがオニダルマオコゼの存在を許していないからにほかならない。

 小魚たちにとってみれば同じ捕食者であっても、その根の公序良俗安寧秩序を守る立場にあるハタ類とは「共存」するのに対し、カサゴ系などの流れ者的ヨソモノのプレデターたちは、完全に反社会勢力なのだ。

 そのためひとたびオニダルマオコゼの存在を察知するや、小魚たちは一致団結してオニダルマオコゼを排除する行動に打って出る。

 ただし↑このように小魚たちがオニダルマオコゼを追い立てるのも、オニダルマオコゼが動いていればこそ。

 オニダルマオコゼが再びジッとしてしまうと、「はて、なんで自分たちはみんなで集まったんだろ?」ってほどに、小魚たちはアッサリとその場を去っていく。

 嫌われ者が生きていくためには、目立ってはいけないのである。

 とはいえ、いくらジッとしているとはいっても、「微動だにしない…」わけではなく、微動はしている。

 生きてるんだもの、呼吸くらいは許してくださいってところか。

 脱皮Before After

 彼らオニダルマオコゼは、岩と化してジッとしているところを、そうとは知らずにホイホイ目の前に来てしまった小魚をゲットするという待ち伏せタイプのプレデターだ。

 彼らの生活は、ジッとしてなんぼ、なのである。

 ジッとしている時間は半端ではなく、お気に入りの場所を見つけたらかなり長期間同じ場所に居続けるらしい。

 するとその体は、次第次第に藻に覆われていく。

 このままどんどん苔むしていき、やがて身動きすらとれなくなってしまう……

 …わけではない。

 体表の藻が限界点に達すると、彼らは脱皮をするのだ。

 水族館などの水槽飼育現場では、この脱皮膜が排水ルートに詰まってしまうため、キチンと除去しなければ水が溢れてしまうこともあるそうだ。

 海中では24時間ズーッと観察できるわけではないから、いつどういうときにどうやって脱皮をしているのかはわからないけど、間違いなく脱皮をした、ということがわかる場合はある。

 左の写真から右の写真までの間はちょうど1ヶ月。

 場所はまったく同じ岩のまったく同じくぼみだ。

 ほぼ1ヶ月間、ずっと苔むすにまかせていたオニダルマ君が、ある日突然洗濯機に放りこまれたかのようにスッキリしていたのだ。

 その間もここにいるのはしょっちゅう見ていたので、同じ個体であるのは間違いない。

 苔だけをギンポや貝に食べてもらったってことは考えにくいから、これは間違いなく脱皮のあとだろう。

 脱皮は望んでするのか勝手になるのか、どっちなのだろう。

 苔むしていたときは隠蔽効果抜群だったのに、きれいになってしまうとかなり周りから浮いていた。

 そのせいか、きれいになってからしばらくすると、彼はここから去っていった。

 高級魚オニダルマオコゼ

 このオニダルマオコゼ、実は沖縄県内の割烹の世界では、すこぶるつきの高級魚でもある。

 海で普通に見られるサイズなら、割烹に持って行けば4、5千円で売れ、割烹で食べたら1万円もするのだ。

 その事実を知っただけで目の色を変えてしまう人も多いことだろう。
 そしてその味を知ったら変わるのは目の色どころの話ではなくなる。

 とにかく美味い。

 いろいろ食い方はあるけれど、ぶつ切りのカラ揚げがもう最高。

 水納島では、「海のケンタッキー」と呼ばれているオニダルマオコゼなのだった。