水納島の魚たち

ハリオイトヒキベラ

全長 10cm

 久しぶりにツキノワイトヒキベラをじっくり見てみようと思い立ったのは、2014年春のことだった。

 ツキノワイトヒキベラがいるような場所というと、岩場のポイントの、景観的にパッとしないやや深いガレ場になる。

 望みどおりツキノワイトヒキベラがいたので、シメシメとばかりにじっくり腰を据えようと思ったら、そこに見慣れぬイトヒキベラ系の魚がいた。

 たちまちツキノワイトヒキベラはそっちのけとなり、初遭遇のイトヒキベラに目が釘付けになってしまった。

 深い海中では赤味がなくなるので、肉眼ではさほど美しく見えなかったんだけど、ストロボを当てて撮ってみると、これがけっこうきれいなイトヒキベラ系。

 はて、このイトヒキベラの仲間はなんという名前なのだろう。

 調べてみたところ、業界的にはピンテールラスという英名で呼ばれているものの、2018年の今にいたってもなおまだ和名が付けられていない種類で……

 …と思いきや、2016年に刊行されているベラ図鑑にしっかり和名が載っていた。

 その名をハリオイトヒキベラという。

 針尾という意味なんだろうけど、なんだか字面がハリマオみたいでイメージが……。

 それにしても、よく似た尾ビレの形をしているヤリイトヒキベラは「鑓」なのに、ほぼ同じ形の彼は「針」って……。

 和名はさておき、本来彼らはもっともっと深いところを主生息域にしているらしいから、きっと何かの拍子にこの水深に来てしまい、ツキノワゾーンで成長してしまったのだろう。

 最初に出会ったときは岩陰に寄り添うようにしていて、下の写真のような感じで頼りなげに泳いでいた。

 でもイトヒキベラといえば、婚姻色を出してヒレを広げてこそ。

 周りに同種のメスなど1匹もいないなか、彼は婚姻色を出してアピールする機会があるのだろうか。

 …と思いつつ再訪したところ、やたらと周りにいる他のベラ類に対してヒレ全開でオラオラ泳ぎをしていた。

 たった1匹だからツキノワイトヒキベラたちにいじめられているのかと思いきや、婚姻色でオラオラ泳ぎをしている彼は、周りにいるツキノワイトヒキベラのオスたちを蹴散らしまくっていた。

 ツキノワイトヒキベラたちにとっては、やっかいな闖入者以外のナニモノでもなかっただろうけど、我々的には願ってもない「珍」入者。

 たった1匹だからいついなくなるともしれないので、なんとか彼がいてくれるうちにもっとシャキッとした写真を……

 ……と願いつつ3度目に訪れた際にはオラオラ泳ぎは見せてくれず。

 そして4度目に訪れた時には、ついに姿が見えなくなってしまった。

 どんなに頑張ってもステキな彼女との出会いがないことに絶望して、深い深い海底に去って行ったのかもしれない……。