全長 6cm
ハナビラクマノミにそっくりといえばそっくりだけど、頬のあたり、つまり鰓ブタ付近に白線がないほうがセジロクマノミだ。
慣れてくれば両者の違いなど、その昔カリーナとコロナを見分けることができた方なら一目瞭然のはず。
< それはむしろ難易度が高過ぎでは…。
そもそも住んでいるイソギンチャクが違う。
セジロクマノミは、アラビアハタゴイソギンチャクという、五分刈りなみに触手の短いイソギンチャクにしか住み着かないのだ。
そしてもちろん、ハナビラクマノミはこのイソギンチャクに住むことはない。
このイソギンチャクはもともと数が少なく、なおかつその占有権を黒いクマノミと争っているため、必然的にセジロクマノミの個体数は少ない。
少ない分、どこに行けば見られるか、ということを把握しやすく、定点観測的な観察も可能だ。
また、アラビアハタゴイソギンチャクが好む生息水深はリーフエッジ付近と比較的浅いので、セジロクマノミを観察するにあたっては、さほど窒素を溜めこまずに済む。
アラビアハタゴイソギンチャクで暮らしているセジロクマノミを観ていると、イソギンチャクの触手は短く、よくこれで外敵から守ってもらえているなぁと思えるほど。
ところが実際は、セジロが隠れるのは触手の間だけではなく、フカフカの布団のようにイソギンチャク自体に包まれていることもある。
なるほど、これなら安心だ。
そのためか、他のクマノミ類と違ってセジロクマノミは、イソギンチャクからあまり離れない。
そうすると観察しやすいといえばしやすいのだけれど、体のどこかがイソギンチャクに隠れている場合が多く、全身が露わになっているところを真横からしっかり観ることができるチャンスは意外に少ない。
2匹仲良く並んでくれていても…
体が半分触手の中。
それはそれでカワイイとはいえ、せっかくだから全身を観てみたいということなら、産卵を始める前に産卵床を掃除している時がチャンスだ。
セジロ夫婦のシゴト
イソギンチャクの傍らで、産卵床と決めた岩肌の掃除を始める頃には、イソギンチャクの触手が卵に触れすぎないよう、その部分のイソギンチャクの体を、セジロクマノミたちはあらかじめ縮ませてある。
そこで岩肌を掃除するから、必然的に全身が露わになるわけだ。
産卵床の掃除は夫婦の共同作業で、メスも大きなお腹を抱えながら一生懸命掃除する。
卵にとって無害な場所にするため、岩肌に生えている藻という藻を削ぎ落とし、ツルッツルのピカピカにしたてあげる大事な作業だから、顔つきも真剣そのもの。
その様子を動画で…。
掃除を終えると、ほどなく産卵が始まる。
メスが1列産み進むたびに、逐次オスが脇から受精させていく。
産んでいるところをつぶさに観てみると…
お腹から出ている輸卵管(白いところ)から、卵が一粒ずつ産みだされているのが見える。
産卵の様子も動画で…。
セジロクマノミの産みたて卵は、クマノミよりも黄色味が多く、明るいオレンジ色をしている。
ハナビラクマノミの稿でも触れたけど、クマノミ類の卵って、親の体色にそっくり。
産みつけた卵は、孵化するまで親がしっかり(もっぱらオスが)ケアする。
そして卵の発生が進んで目ができる頃になると、なんだか親子で会話しているようにすら見えてくる。
彼らには彼らの子守唄があるのだろう。
ケアの様子もまた動画で…。
セジロチビの運命
このような両親の苦労の果てに誕生したセジロチビチビは、他のクマノミ類同様浮遊生活を経たのち、アラビアハタゴイソギンチャクにたどり着く。
個体数が少ないだけに、チビチビが無事にたどりつける確率なんていったら、気の遠くなるくらいに大きな数字が分母になってしまうはず。
そんな高いハードルを乗り越え、イソギンチャクにたどりついたばかりくらいのスーパーチビチビセジロ。
イソギンチャクの触手の先端に比してこのサイズだから、我がクラシカルアイでは(魚であるということの)識別限界ギリギリライン。
頼りないほどに可憐なチビチビながら、ここにたどり着いただけでも、実はモノスゴイことをやってのけているチビである。
そんなチビチビにとって、たどり着いたアラビアハタゴイソギンチャクに、すでにセジロクマノミが棲んでいればめっけもの。
先住ペアに多少は虐げられることがあるにせよ、一応同居を認めてもらえるので、セジロクマノミペアと一緒に暮らしているチビチビは、オトナと変わらぬ色合いの幼魚に育つ。
先住ペアによって行動範囲は限定されながらも、イソギンチャクの中に自分のポジションがあるようだ。
だから同じイソギンチャクに、ペア以外に2匹チビがいても…
どちらも小さい頃から、セジロクマノミらしい色をしている。
一方。
たどり着いたアラビアハタゴイソギンチャクに黒いクマノミペアがいてしまった不運な幼魚は、大変つらい思いをすることになる。
なにしろあの気の強いクマノミが先住者としての特権を駆使するものだから、セジロチビはちょっとでも顔を出そうものなら、たちどころに撃退される。
そのためイソギンチャク内でも、コソコソコソコソ人目を偲ぶように暮らしているのだ。
矢印の先にいるのがセジロチビ。
そんな虐待生活を余儀なくされているものだから、体の色も目立たせるわけにはいかず、クマノミと同居しているセジロチビは、まるでハナビラクマノミのような色をしている。
これはごく小さい頃のことだけではなく、このあともう少し成長しても……
ハナビラクマノミ色のまま。
そんなキビシイ世の中で暮らし続けるこのイジケセジロチビ、2センチほどにまで育った後は、その後4、5年もの間、ほぼこのままのサイズであり続けていた。
クマノミに攻撃されることによって成長ホルモンが抑制され、大きくなれないに違いない。
ちなみにこの逆の場合もある。
すなわち、先住者がセジロクマノミで、そこにクマノミチビがたまたま住み始めた場合だ。
そこでのクマノミチビは、いつ観ても各ヒレがボロボロで、やはりある一定サイズ以上はまったく成長しなかった(そしていつしか消えていた…)。
自然の海の中で生きていくというのは、かくもキビシイのである。
さらにちなみに、もし先住クマノミペアがなんらかの原因で居なくなってしまう一方、運よくイジケセジロが生き残っていたら、時代はついにセジロのものとなる。
先住者がいるといないとでは、その後の運命がまったく違ってくるのだ。
件のセジロチビにとって最大のチャンスは、2016年に訪れた。
サンゴの白化である。
サンゴが白化するということはイソギンチャクも白化するので、そのために命を失うイソギンチャクもある。
命を失わないまでも、体の体積が大幅に小さくなり、そこで暮らしていたクマノミ類が居られなくなる、ということもある。
別のポイントでのことながら、98年の白化の際には、それがきっかけで居住者が入れ替わったことがあった。
だからこのイジケセジロも、白化によってイソギンチャクが縮み、大きなクマノミが棲めなくなってくれれば……
ああしかし。
このアラビアハタゴイソギンチャクは高水温に耐性があったのか、ほとんど状態が変わることなく白化騒ぎは終息してしまった。
そしてイジケセジロは……
翌年ついに姿を消していたのだった。
このアラビアハタゴイソギンチャクも、セジロクマノミの時代を迎える日は来るのか。
乞うご期待。
※追記(2020年4月)
昨シーズン(2019年)、このアラビアハタゴイソギンチャクに異変があった。
度重なる台風や時化で散々だった秋のこと。
数少ない「潜れる日」に件のアラビアハタゴイソギンチャクを訪ねてみたところ……
なんと、黒いクマノミペアと居候が忽然と姿を消していた。
そしてそれまでジッと息をひそめるようにして暮らしていたチビセジロクマノミが、セジロクマノミらしい鮮やかな発色を取り戻し、我が世の春を迎えているではないか。
まだ体は小さいものの、3匹いるうちの2匹はどうやらすでにペアになっているようだ。
オタマサによると、岩場のポイントのわりと深めのところにいた黒いクマノミたちも、姿を消していたという。
何匹かいるうちのメスかオスどちらか1匹が消えてしまう、ということならありそうなことながら、突然(夏までは間違いなくいた)全員がいなくなるというのはどういうことなんだろう?
この年の夏は、イソギンチャクが縮んでしまうような高水温状態にはならなかったから、クマノミたちの隠れ場所が無くなる、なんてこともなかったはず。
原因は不明ながら、セジロクマノミたちにとっては降って湧いたチャンス到来だったのは間違いない。
新たに誕生したセジロクマノミ政権、はたしていつまで続くだろう?
※追記(2021年9月)
2021年9月現在、ペアのほか居候個体も加わって計3匹となり、我が世の春を謳歌している。