水納島の魚たち

ハリセンボン

全長 25cm

 ハリセンボンといえばプクーと膨れているもんだ、というのが80年代までのダイビング業界だった。

 かつてハリセンボンは、膨れてなんぼの魚だったのである。まぁ、それをゲストに見せる業界そのものの民度も随分低かったのだろう。

 ところが、某有名海洋写真家の数々の作品が、通常スタイル(?)のハリセンボンを一躍スターダムの座に押し上げることとなった。

 しかも

 「笑顔が可愛い」

 というキャラクターとして。

 ハリセンボンを見る人々の目が…変わった。

 そんなハリセンボンは、水納島では砂地岩場を問わずごくフツーに観られる(近年は激減中@2021年現在)。

 エサを求め、水面付近をウロウロしているハリセンボンを桟橋で観ることもしばしばだ。

 そんなお食事タイム以外の時間は、サンゴの陰や石の下などで休憩していることが多い。

 水温が高い季節だと、休憩しているときも能動的休息という感じで、陰にいるハリセンボンはなんだか楽しそうに見える。

 隠れていたはずなのに盛り上がっちゃったのか、キンギョハナダイたちと一緒に泳ぎたくなることもあるらしい……。

 でもこのように無防備な姿を晒すのは稀で、イソバナやヤギなどに寄り添っている彼らは、いかなるときも周囲への警戒を怠らない。

 なので……

 市原悦子になっていることが多い。

 これが冬になると様子はチト違ってくる。

 同じ石の下に隠れている時でも……

 「もうなにがあっても動きませんから……」的に頑なにイジケている。

 岩の上で休憩している時も……

 「もうどーでもいいんです………」とばかりに放心状態になっていた(近づいても全然逃げない)。

 これは水温19度と例年に比べ相当冷え込んだ時のことで(2014年2月)、穴の開いたウェットスーツなんか着ていた日には、ワタシならエントリーと同時に即死間違いなし。

 そんなキビシイ寒さに包まれた海中となれば、ハリセンボンがイジケンボン状態になるのもいたしかたない。

 だからだろうか、不活発な季節のハリセンボンは、たまに変なモノを身に着けていることがある。

 一見すると夏場のように、能動的にサンゴの陰で休んでいるように見えるハリセンボン。

 でもその背中に、ナニかが着いている。

 はてなんだろう???

 ヒェェェェ……!!

 パラサイト!!

 ヒルのようなヘンテコな寄生虫なのだった。

 これは3月のことで、別の年の4月にも同じようなものがついているのを観たことも考え合わせると、春先のまだ水温が低い時期に狙われているということなのかも。

 その様子には季節による違いがあるハリセンボンは、暮らしている環境で見た目が違っている。

 白い砂底にいるものは、目立たないよう色を薄くしている。

 それに対し岩場やサンゴ根にいるものは、地の色が濃くなっている。

 どちらも同じハリセンボンながら、可愛さという意味では白っぽいほうに軍配が上がるため、ついつい白っぽいほうばかり撮ってしまうことになる。

 また、色合いに関係なく、同じハリセンボンでも顔つきには随分個体差があって、文句なしのプリティハリセンボンがいるかと思えば…

 いささかヤナカーギーの子もいる。

 ま、どっちも可愛いっちゃあカワイイから、今やハリセンボンは、被写体としてもダイバーにとても人気がある。

 可愛いからついつい真正面から撮りたくなるのだけれど、ハリセンボンは、正面やや上から見るととりあえず笑顔に見える。

 そこでさらにお付き合いを深くして仲良くなると、アクビをしたりエサを探して目が真ん中に寄っていたりする、某海洋写真家のような写真がきっと撮れるはず……

 ……なんだけど、ハリセンボン相手にそこまで粘っているゲストをワタシは見たことはない。

 コンデジって、簡単に撮れるのはいいけど、1匹1匹の魚たちとのお付き合いは、昔に比べてかなりアッサリしているような気がする。

 多くの人々にとって、「カワイイ♪」はしょせんその程度お付き合いということか…。

 ともかくそんなわけで、可愛いハリセンボンを撮ろうと思ったら、砂底にいる子を正面やや上から撮ればいい…

 …のだけれど。

 これがなかなかムツカシイ。

 なにしろヤギの陰から「家政婦は見た」化しているハリセンボンである。

 サンゴの陰や岩陰に潜んでいる時ならともかく、砂底のようにあけっぴろげなところで、無造作に近づいてくる巨大生物(ダイバーのことね)をジッと待っているはずがない。

 某有名写真家が撮るととってもフレンドリーに見えるハリセンボンだけど、実際は相当臆病で、ゆっくりそっと近寄っても、クルリと回ってなかなか前から顔を拝ませてはくれない。

 それはかなり徹底していて、ほとんどの魚たちがあられもない姿になるクリーニング中でさえ……

 前に回ろうとするとクルクル身を回し、背中を向ける。

 基本的につれないヤツなのだ。

 なので、「ハリセンボンラブリー♪」とばかり、己のサイズが相手に与える脅威など微塵も顧みずにホイホイと近寄ろうものなら、ハリセンボンはたちどころに逃げる。

 水温が高く活発な時はダッシュでその場を去ることが多く、その際、片目でチラ…チラ…と振り返りながら逃げていく。

 どうやら彼らの目は餌を採る際に便利なように前方凝視仕様に特化しているらしく、魚眼といえども後方確認のためにはいちいち体を左右に傾けなければならないようなのだ。

 ただでさえどんくさい泳ぎっぷりなのだから、どうせ逃げるのであれば、一心に前のみを見つめて泳げばいいのに……。

 そうやって逃げていく姿を観ていると、「いじめる?」と首をかしげて尋ねるシマリス君を思いっきりいじめ倒すアライグマ君のように(@ぼのぼの)なってしまう自分を抑えられなくなる。

 ↓このときも、ホントはまったく撮るつもりはなかったのに、逃げていく姿を見て思わず追いかけてしまった。すると……

 左目で……

 右目で……

 また左目で……

 ……と交互に後方を確認しながら泳いでいく。

 後ろを気にせずまっしぐらに逃げたほうが、よっぽど早く泳げるだろうになぁ……。

 その点水温が低い冬場となると、近寄ってもジッと砂底の窪地に収まってジッとしていることもザラだ…

 …たのだけど、近年はそこまで水が冷たくなることがなくなってきており、冬でも「ハリセンボン逃げ」をするようになってしまった。

 というわけで、ハリセンボンに近づくときはゆっくりゆっくり。

 そして夏でも冬でも正面から近寄らせてくれる子に巡りあえたら、それはとてもラッキーなことなので、その機会にたっぷりお近づきになることをおススメいたします。

 さてさて、そんなハリセンボンが、一時期大発生したことがある。

 98年の世界的なサンゴの白化現象で水納島のリーフ上のサンゴというサンゴが壊滅してしまったあと、死サンゴに生える藻が格好のエサとなったのか、サザエが爆発的に増えた。

 サザエが増えるということは、同じような餌を食べている他の貝類も増えたに違いない。

 それと呼応するかのように、貝類が大好物のハリセンボンが数年後に大発生し、そこらじゅうで「ハリセンボン玉」が観られたほどだ。

 ちょうど同じ頃だったかそれより数年のちだったか、本土の海でもハリセンボンが大量に網に入ってしまい、漁業上の害魚になっていたこともあった。

 それほど多かったものだから、フツーはたいてい単独、多くても2匹でいるサンゴの下のハリセンボン御用達休憩場所も……

 …おおにぎわい。

 とはいえなにごとも需要と供給のバランスということだったのか、増えすぎると今度はエサ不足になったらしく、やけにやせ細ったハリセンボンを見かけるなぁ…と気づいた頃には、個体数はすっかり元に戻っていた。

 ところが。

 今度は逆に、ハリセンボンと全然会えなくなってしまったのだ。

 2017年までの10年間は、すでにリーフの外のハリセンボンは絶滅してしまったのだろうか…と本気で心配していたほど。

 そんなおりもおり、2017年の秋頃に届いたうみまーるの2018年用カレンダーの中判バージョンを見てみると、その「6月」のページにはこんな写真が。

 超大量ハリセンボン玉!!

 7cmほどのチビの巨群だそうで、外洋の表層付近に群れていたという。

 この10年間まったくといっていいくらい会えなかったハリセンボン、いったいどこにこんな玉を作る供給源が??

 翌2018年になると、どういうわけだか水納島でもオトナサイズがチラホラ観られるようになってきた。

 2018年用カレンダーの写真ということは、2017年に撮影されているわけだから、このチビたちがあちこちに散ってくれたのだろうか。

 夏でも冬のイジケンボンのような感じで不活発なのが気がかりではあったものの、次第次第に遭遇頻度が増えてきた。

 そして2019年の5月には……

 久しぶりにオトナサイズのハリセンボン玉。

 写真に写っているだけでなく、この周囲にもたくさん集まっていたハリセンボンたち。

 まさに大集合しているハリセンボンたちは、アングルを問わず、総じて人相があまり良くない気がした。

 繁殖にかかわる集まりで、興奮モードになっているのだろうか。

 その人相の良くない顔大集合を正面から撮りたいところながら、群れていてもやはり容易に正面に回らせてはくれない。

 なのでどうしても横〜後ろ側からになってしまうのだけど、大集合したハリセンボンたちがお尻を向けて尾ビレでピコピコ泳ぐ様は、それはそれでかなり可愛かった。

 5月でこれだったら、2019年はまたいつぞやのようにそこらじゅうでハリセンボン玉が観られるのだろうか……

 ……と思ったら、玉になるほど群れていたのはこのときだけのことだった。

 やたらと大量にいたらいささか気味が悪いけれど、いなければいないでかなり寂しくなるハリセンボン。

 1ダイブで1、2匹出会えるような、そんなフツーが一番なのかもしれない。

 でも幼魚の巨大玉は観てみたい……。

 追記(2021年10月)

 今シーズンのハリセンボンは、再びレアな存在になってしまいました…。

 大激減しているのはサザエばかりではなく、ひょっとするとハリセンボンがエサにしている多くの巻貝類も減少してしまっているのかもしれず、慢性的なエサ不足状態に陥っているのではなかろうか…。