全長 15cm
水納島で観られるハナダイの仲間の中で、この魚ほど海中で見る色と実際の色にギャップがあるハナダイはいない。
沖縄ではたいてい生息水深が20m以深と深く、その深さになると自然光があまり届かないので、どんなに目を凝らそうとも本来のド派手な体色には見えない。
初めてこの魚を海中で目にすると、体が鈍く光り、胸の四角斑がメタリックブルーに見えてかなり不思議な色彩に見える。
↑これをもっとメタリックにした感じに見えていたものが、実際は↓こうなのだから…
海中で観た色柄の記憶をもとに図鑑で該当する魚を探しても、発見することはまず無理だろう。
ところが不思議なもので、一度図鑑などで本当の色を知ってしまうと、今度は逆に、初めて海中で目にした時の色合いを二度と見られなくなる。
というのも、人間の脳は一度本当の色を図鑑等で認識してしまうと、次に海中で見ると脳がある程度赤色を補正するため、海中で観てもそれなりに図鑑の色に近く見えるようになるのだ。
それなりの水深で、照明やストロボ無し、そして水中モードやフィルターなどなんの補正もなく撮ったムービーや写真の色が、目で見ていた色と全然違って見えるのはそのため(逆に、初めて海中で目にした時の色に近い)。
ひとたび本来の色を目にしてしまうと、初めて目にしたときの「あの色」は、もう帰らないあの夏の日…になってしまうのであった。
スミレナガハナダイは、潮通しのいい岩礁域の、水深20mよりも深いところを好むので、そのあたりの水深で崖状、棚状になっていたりする地形だったら、けっこうな数が群れ集っている。
複数の黄色いメスを1匹のオスが従えるハレムが群れの1単位っぽく、個体数が多いところではこのハレムがいくつも合体して群れているから、時にはオスが情報交換のために集うこともある。
大きな群れになるとオスがたくさんいるから、目にも艶やかだ。
オトナはキンギョハナダイやケラマハナダイなどと比べると随分大きく、海中でも妖しく輝いて見えるからかなり存在感がある。
ただでさえ派手だけど、婚姻色になると一層派手になり、メタリック感が増す。
オスはこの姿になって、メスに対してアピールを繰り返す。
中には礼儀正しい紳士もいて、ちゃんとメスに挨拶する子も?
黄色は水深が増しても色がさほど吸収されないため、深い海中でもとても良く目立つ。
メスからオスへ性転換をするハナダイ類といっても、やみくもにすべてのメスがオスになるわけではなく、体のサイズと繁殖効率のかねあいなどいろいろな要素もからませながら、群れの中で優勢なモノがオスになる。
他にスミレナガハナダイが居ない場所に住みついた幼魚たちが成長し、4〜5匹のメスの群れになる場合もあって、そういう群れではそのなかの優勢な1匹がオスになる。
これは、オス覚醒が始まっているメス、もしくはすでにオス機能を備えているけど模様はメスに近い子で、このあとほどなくオスカラーになる。
ただ、他にオスがいないところでは争いが生まれないせいか、メスからオスへと性転換する途中の段階で、体色変化がストップしてしまうこともある。
個体数が多く、オスも複数いる群れでは、この性転換中の体色変化はあっという間…というと語弊があるかもしれないけど、とにかくそんなに時間はかからないはず。
ところが写真の彼(彼女?)は、メスを複数従える行動はオスそのものながら、その後5年くらいずっとこのままの体色をキープしていた。
おそらく生殖器官的にはすっかりオスになってはいても、環境的に体色までコンプリートする必要はないのかもしれない。
当時ゲストに案内する際には、「スミレナガハナダイのオナベちゃん」と書いて紹介していた。
しかしジェンダー問題が社会的にこれだけ重要課題として取り上げられるようになっている今、ウカツなことは書けなくなってしまった…。
スミレナガハナダイも、子供の頃はやはりメスの体色をしている。
でもそのフォルムは、オトナのメスよりもエレガント(※個人の感想です)。
おまけにプリティ(※個人の感想です)。
スミレナガハナダイが多数群れている岩場の海底もしくはドロップオフの壁付近なら、小さなチビチビ5〜6匹が1ヵ所にいることもあるけれど、ごくたまに砂地の根で、他のハナダイチビたちに混じって暮らしていることがある。
砂地の根だとスミレナガハナダイはその幼魚ただ1匹というケースが多く、似た色だというのに、キンギョハナダイのオレンジの中で、スミレナガハナダイ・チビターレはひときわ目立つ。
目立つと言いつつ、うっかり八兵衛マナコのダイバーには↑これのどこにスミレナガハナダイのチビがいるのかわからないのだけど、彼らを獲物にしている捕食者たちの目には、とっても浮いて見えるはず。
キビシイ自然界で生き抜くうえでは、この「目立つ」「浮いている」というのがとてもやっかいらしく、捕食者に狙われる確率が高くなってしまうようだ。
体内に毒を持っていたり美味しくなかったりする生き物は、わざと目立つことによって襲われないようにしていていることもあるけれど(警告色)、なんの防御手段ももたないモノが目立つと、「どうぞ食べてください色」になってしまうのだ。
なのでこうしてせっかく砂地の根にたどり着き、他のハナダイ類幼魚とともに暮らしている幼魚が、すんなりオトナになるまでそこにいられることはまずない。
それでも、昨年(2017年)には、砂地の根でここまで育っている子に出会った。
残念ながら翌月行くと居なくなっていたけれど、5月でこのサイズだと少なくとも一冬は越していると思われる。
同じ年の別の砂地ポイントでは、これよりはもう少し小さいながら、やはりスミレナガハナダイの幼魚が育っていた。
ちなみにこの写真、スミレナガハナダイの若魚の後ろにいるのは、なんとベニハナダイの幼魚。
ベニハナダイも本来は潮通しのいい深場を好むハナダイだから、フツーこんなところにいるはずがない魚だ。
実はこれ、なにげに奇跡のツーショットなのである。
ただ、スミレナガハナダイに関しては、随分昔に一度、砂地のポイントの根で複数のハレムを目にしたことがある。
そこは船をいつも停めるリーフ際からは相当遠く、なおかつかなり深いので、おいそれとは足を運べないところ。
そのため、あとにも先にもその一度しか行ったことがない。
その最深部に、妖艶に輝くスミレナガハナダイのオスが複数いたのが、今でも目に焼き付いている。
環境さえ整っていれば、砂地であってもスミレナガハナダイだって暮らしていけるらしい。