水納島の魚たち

タキベラ

全長 80cm(写真は2cmほどの幼魚)

 水納島ではキツネベラと同じく、チビターレには会えてもオトナにはまず会えないタキベラ。

 そのチビチビも、キツネベラのチビに比べると出会う機会は遥かに少ない。

 昔の図鑑ではタキベラをことさら「稀」扱いしていなかったけれど、2016年に刊行された「ベラ&ブダイ」という、かなり変態社会向けに特化した図鑑では、

 「琉球列島では稀」

 とハッキリ書かれてある。

 一方、著者のホームグランドである八丈島で撮影されているタキベラのオトナの写真は、もっぱら水深20mちょいくらいで、なかにはたった8mという浅いところで撮られているものもある。

 晩秋から冬にかけての繁殖期にはハレムを形成するというから、個体数は相当多いのだろう。

 八丈島にはそれほどいるのに、沖縄では少ないタキベラ。

 タキベラの分布域だけをみると地球規模に見えるものの、沖縄はその主分布域には含まれていないということなのだろう。

 そのため水納島の場合レア度でいうなら、同じタキベラ属のヒオドシベラに匹敵する。

 しかし残念ながら一般的な人気はヒオドシベラが独占しており、タキベラに出会えて狂喜するヒトをワタシはこれまで観たことがない。

 水納島ではせいぜい年に1、2匹チビターレに会えればいいほうで、それもキツネベラに比べるとわりと深めの砂地の根であることが多い。

 小さい頃は同じ場所にしばらく居続けてくれることが多いため、一度出会えればしばらく何度も姿を拝見することはできる。

 なので会った回数はわりと多くても、これまでに見た総個体数となると極めて少なく、80cmにも達するという巨大成魚は過去27年(2021年現在)を通じていまだ1度も見たことがない。

 タキベラ属の他の仲間同様、チビターレは単独で暮らしていて、付着生物が多い岩肌からさほど離れず、狭い範囲で行ったり来たりをくりかえしている。

 これまでの人生最小記録は、どこで産まれたものやら、3月半ばに撮った10mmちょいほどの激チビだ。

 尾柄部の白い点の後ろにあるハッキリした黒帯が、激チビの印らしい。

 ここから成長すると、その黒い模様は薄れていく(同じ個体ではありません)。

 そしてその黒い模様がほとんど見えなくなる頃には、腰(?)のあたりの黒い模様のお腹側が薄れてくる。

 これでもまだ3cmにも満たないサイズで、このあと4cmくらいになると……

 腰の模様は上半分側だけになっていく。

 水納島で出会えるタキベラといえば、せいぜいこれくらいまで。

 ここからさらに成長した若魚となると、極めてレアになる。

 ただし岩場のポイント、それも水深30m以深に達するドロップオフ状の環境に行くと、たまに若魚に出会える。

 これで10cmくらい。

 幼魚とはガラリと変わったキレンジャー、岩場だからこういう色合いなのか、成長途上のこの段階では必ずこういう色になるのかは不明ながら、過去に出会ったことがあるのは岩場ばかりで、みなこの色だった。

 途中で追記(2021年7月)

 昨年(2020年)9月に、なんと砂地の根でキレンジャーカラーになっているタキベラと出会った。

 サイズはわずか5cmほどで、過去に出会ったことがあるキレンジャーカラーの中では最小級だ。

 砂地の根にいたってことは、環境に左右される色味というわけではなさそう。

 ただしこの根に居てくれたのは束の間のことで、後にも先にも出会いはこの時かぎりのことだった。

 キレンジャーカラーは環境に左右されるわけではないにせよ、生存率を左右しているかもしれない…。

 以上、途中追記終わり。

 これ以上育ったタキベラにはまず会えないのだけれど、2011年にはなぜだか砂地のポイントで、さらに育ったタキベラがしばらく居続けてくれた(行動範囲はかなり広い)。

 色合いといい30cmくらいのサイズといい、すでに若魚という段階は過ぎているれっきとしたオトナのタキベラだ。

 このオトナはその後もっと深いところに去っていったのか、出会えたのはこの年の束の間のことだった。

 水納島では、ひょっとすると生涯唯一のタキベラ・アダルトとの出会いだったかも…

 …と思っていたら、その7年後(2018年)のシーズンオフに入ったばかりの頃に、再び砂地の根付近で出会った。

 オジサンやリュウキュウヒメジと一緒になって、砂底のエサを物色していた。

 30cmくらいに育つとその行動範囲は相当広くなっていて、我々が通常利用するダイビングポイントの3つ分くらいは軽く行き来しているようだ。

 そうやって広く行き来しながらこのタキベラ・アダルトはけっこう長居してくれて、その年の年末にも会えた。

 さすがにこれで見納めか…と思いきや、なんと翌年(2019年)の4月には……

 さらに成長したアダルトになっていた。

 ホントに同じ個体かどうか確たる証はないものの、これまでほとんど出会えなかったタキベラ・アダルトがそう何匹もいるとは思えないから、きっと同じ子なのだろう。

 2020年5月現在、この時がオトナと出会った最後になっている。

 はたしてこの先、いまだ見ぬ超巨大アダルトタキベラと遭遇する日は来るか??

 さて。

 オトナのタキベラには会えずとも、年に1度くらいは出会うチャンスがあるチビターレ。

 オトナになるとふてぶてしくなるタキベラ属の魚たちも、ベラの仲間だけに幼魚の頃はわりとフツーにクリーニング行動をする。

 タキベラのチビを頼ってやってくる魚たちもいるようだから、クリーナーとしてちゃんと認識してもらっているのだろう。

 やってきたミツボシクロスズメダイを、かいがいしくケアするタキベラ・チビターレ。

 こうやって奉仕活動をすることによって、チビの間暮らし続けることになる根の社会の市民権を得ることができるのだろう。

 しかしそうなると、先行同業他社の不興を買うことになるらしく、タキベラ・チビターレがセッセとクリーニングしていると、勝手なマネはさせないとばかり割り込んでくるホンソメワケベラ。

 今はスペシャリスト・ホンソメに邪険にされていようとも、やがてオトナになった暁には、そのスペシャリストが揉み手で近づいてくることだろう。

 チビターレ、それまでの辛抱だ。