水納島の魚たち

タコベラ

全長 12cm

 恥ずかしながらこのタコベラがモチノウオの仲間(ホホスジモチノウオ属)の魚だなんてことを知ったのは、つい最近のことだったりする。

 もっとも、タコベラという魚自体は、昔から馴染み深かった。

 なにしろ「タコ」ベラですぜ。

 「このタコッ!!」  と罵倒する際に使うことはあっても、「タコのように素晴らしい!」などと誉め言葉で使われることはまずない「タコ」、この名を冠している者といえば、

  • タコ社長
  • たこ八郎
  • タコ主任

 そしてこのタコベラしかいない。

 この4者のうちすでに半数は他界しているのだから、この世で極めて貴重な名前といっていい。

 タコベラのいったい何がタコなのかはよく知らないけれど、モチノウオの仲間らしくなかなかひと口では表せない体色をしており、そのカラーバリエーションも豊富だ。

 海域による違いはもちろんのこと、同じ個体でも居場所や感情でコロコロコロコロ目まぐるしく体色を変えるため、「何色の魚」と表現するのはまず無理。

 そんなタコベラは、昔の水納島では砂地のポイントのなんてことはない小岩や砂底にポツンと生えているフニャフニャしたソフトコーラルなどの近くにさりげなくハーレムを作っていて、大きめのオスを筆頭に周りに小ぶりなメスや幼魚たちが集まっている様子をよく見かけた。

 ところがいつの頃からか「立派なオス」を見かけなくなったと思ったら、そもそもタコベラに会う機会が激減してしまった。

 何が原因なんだろう?

 それでも今でもポツポツ姿を見かけるから、すっかり姿を消してしまったわけではないようだ。

 ただフィルムで撮っている冒頭の写真のような、15cm弱くらいはあるオスを見かける機会はほぼなくなり、ハーレムっぽい集まりでオスらしき行動をしているものは、ずいぶん小ぶりになっている。

 もう少し育っているとしても↓これくらいでしかない。

 いずれも10cmくらいで、冒頭の写真のオスのような貫禄はどこにもなく、メスと大差ないといってもいいくらい。 

 ちなみにメスは↓こんな感じ。

 このようなメスたちを侍らせているのだから、小さくともオスには間違いないのだろうけれど。

 チビたちは、これらオトナと混じることなく、ほぼ単独で暮らしている。

 ↑これくらいのサイズ(3〜4cm)であれば、タコベラのチビだとわかりやすいけれど、なにしろチビの頃から色味がコロコロ変わるらしく、それで2cmくらいとなるとビミョーになる。

 どちらにも見られる腰(?)から後ろの方に並ぶ青い点とそのフォルムから、タコベラのチビターレと信じているんだけどどうだろう…。

 そして認識可能なミニマムサイズは↓こんな感じ。

 体を曲げてるからほとんど見えないけど、帯状の模様と腰のあたりに青い点からして、きっとタコベラ激チビターレだろう。

 こういったチビチビはチョコチョコ目につくのに、以前のように立派なオトナに会えなくなって寂しく思っていたところ、ここ5〜6年くらい(2020年現在)で、少しずつ大きめのオスも観られるようになってきた。

 対物比がないからサイズの絶対値は写真だけではわからないけれど、立派に育ったオスは、尾ビレの端がピンと伸長する。

 この尾ビレのピンッについて、ワタシは長い間ずーっと勘違いしていた。

 わりと立派なオスを撮っても撮っても、どのオスも尾ビレの上端だけピンッと伸びていて(立派なオスは尾ビレ中央も伸長する)、下端はどれも欠損しているものばかりなのだ。

 熱帯魚を飼っていた子供の頃、エンゼルフィッシュといっしょにスマトラ(タイガーバルブ)を飼うと、エンゼルフィッシュの長い腹ビレが齧られてしまう、という飼育上の注意があった。

 それと一緒で、タコベラも長く伸びたヒレの先端は齧られてしまうのか……とずっと思いこんでいた。

 ところがタコベラのオスの尾ビレは、上下端がともに伸長するのではなく、もともと上端だけピヨンと伸びるのだそうな。

 つまり冒頭の写真が、パーフェクトなオスのフォルムだったのである。

 なんだよ、それならそうと最初から言っておいてくれよ、このタコッ!!

 …と言いたくなるところをグッと堪え、もっともっとこのような立派なオスがどこでも観られたかつての海になってくれないかなぁと願っている今日この頃。

 それはワタシだけではなく、当のタコベラも声を大にして訴えているようだった。

 追記(2024年5月)

 今年3月(2024年)、水温が1年を通して最も低い頃のこと。

 普段あまり足を向けない深めの転石地帯を訪れてみたところ、タコベラがけっこう多いことに気がついた。

 本文で触れているように、昔に比べるとすっかり減ってしまったタコベラながら、コロナ禍中の間にオスを見かける機会が増えてきてはいたんだけど、オスが複数いてメスもたくさんいる場所、となると今なおそうあるものではなく、彼らが何かをしている様子を観る機会なんて滅多にない。

 ところがこの場所では、やや興奮モードになっているオスが、傘下にしているらしき周辺のメスたちのもとを巡ってはアピールしていたのだ。

 興奮モードカラーになって素早く泳いでいるときは、↑このように尾ビレを閉じている。

 でもタコベラといえば、尾ビレを開いた姿がカッコイイ(↓これは別個体です)。

 なので興奮モードカラーのオスも尾ビレを開いてくれるところを待っていたところ、オス同士のケンカでその姿を見せてくれた。

 かなり遠くて光がほとんど届いていないけれど、この各ヒレ全開モードときたら!

 オス同士が互いに勢力を競い合う際には、自分の体をより大きく見せるというのがいろんな魚における定石でもある。

 とはいえ、タコベラの尾ビレってここまで開くものだったとは知らなんだ…。

 ここまでオスたちが張り切っているくらいだから、そのお相手となるメスもかなりその気になっていて、なにやらフラフラ〜と中層に浮いてオスがくるのを待ち受けている様子。

 オスもメスに自分の姿を観てもらえるように、フラフラ〜と中層に浮いてはポーズをとっている。

 そしてお互いの存在を認識すると、オスがメスの元にやってきて、一緒に上方へ泳ぎ始める。

 こうなればもちろんそのあとは…

 …産卵&放精(白くモヤッているところ)。

 オスは周辺に何匹かいるのに、メスを産卵に誘っているのは同じオスっぽく、メスはそこらにたくさんいるから、間をおきながら何度も繰り返し披露してくれた。

 何度もチャンスがあったわりにはロクな写真が撮れなかったけれど、タコベラの産卵シーンなんて人生初遭遇だ。

 せっかくだから、もう少しちゃんと撮りたいと願い、2日後に潮のタイミングを合わせて再訪してみた。

 すると、2日前とはうって変わってタコベラたちにやる気は観られず、オスもメスも、藻が生えている小岩に寄り添いながら地味に生きるいつもの様子しか見せてくれない。

 ナンバーワンオスと思われる1匹だけが広範囲を泳ぎ回っているものの、ときどきメスに遭遇するとブイ…といわせるだけで、

 …その「ブイ…」も、求愛というよりは「勝手にオスになるなよ」と戒めているだけのように見えた。

 その場に30分くらい滞在していても、オスがフワリと浮かんでメスにアピールする様子も、オス同士のケンカも、ましてや産卵行動などもまったく観られず。

 かろうじて、ナンバーワンオスがヒレを全開にする機会はあった。

 ホンソメ、グッジョブ♪

 それにしても、たった2日の違いでこれだけ様子が変わるとは。

 まだ水温が低い時期だから、そう毎日毎日産卵などしていられません…ということなのか、もともと「ここ」という束の間しか開かれない儀式なのか。

 束の間のチャンスしかないのであれば、産卵シーンを拝見することができたのはかなりラッキーだったのかもしれない。