全長 4cm
トゲウオ目ヨウジウオ科は、さらに細分するとタツノオトシゴ亜科とヨウジウオ亜科という2つのグループに分けられる。
ところがヨウジウオ亜科に含まれているにもかかわらず、タツノ〇〇という名前のヨウジウオがいるからややこしい。
このタツノイトコもそのひとつ。
そしてさらにややこしいことに、そっくりさんのタツノハトコという種類が他にいる。
イトコとハトコ、その昔はどこをどう見たら見分けられるのか、情報がいっさいなかった。
でも幸いなことにタツノイトコは沖縄にはいないそうなので、水納島で観られるものはみんなハトコなのであれば、特に悩む必要はない………
……と安心していたところ、実は沖縄本島周辺でもタツノイトコが見つかっているという話になってきて、生息地だけではイトコ・ハトコの区別の決め手にはならなくなってしまった(前世紀当時のこと)。
近年はちゃんと両者の見分け方が図鑑に記載されているのはもちろん、変態社会にも随分浸透しているから、注目すべき相違点を知ることは容易だ。
いわく、
背ビレの途中まで体の肉が盛り上がっているとイトコ。
ヒレだけだとハトコ。
…と見分けるらしい。
なるほどフムフム…とうなずきはしても、あいにく肉眼でそこまでキッチリ見分けられないから、撮影した写真を頼ることになる。
これなどはやはり背ビレの途中まで体の肉が盛り上がっているってことなんですかね?
だとするとタツノイトコ。
ただしそこに着目して撮っているならともかく、魚といえば顔が主でしょ、という具合いに撮っている写真がほとんどだから、肝心の背ビレ部分はボケてしまっていることが多い。
なので必ずしも100パーセントではないものの、もし上の写真がタツノイトコだとするなら、驚いたことにワタシが過去に撮ったタツノイトコだかハトコだかの写真のうち、背ビレを確認できるものは、すべてタツノイトコ認定になってしまう。
昔の図鑑では沖縄にはタツノイトコはいないと言われていたというのに、自分の写真記録を見るかぎりでは、むしろタツノハトコに会えてないんですけど…。
それもなんだか不思議な話だから、ひょっとするとここでタツノイトコと紹介しているもののなかには、タツノハトコが混じっているかもしれないので(ヘタしたら全部かも…)ご注意ください。
さてこのクロワッサン暫定タツノイトコ、いつでもどこにでもいるというわけではないのだけれど、多い時には春から梅雨時にかけて、砂底のそこかしこに出没することがある。
彼らは尻尾に見える尾ビレの先をクモザルのように上手に使い、冒頭の写真のようになにかに巻き付けて定位していることが多い。
そうやって彼らが拠り所にしやすそうなところをサーチすると、わりと効率よく出会うことができる。
もっとも、拠り所にするものについては特にこだわりはないようで、藻場にいることもあれば……
ガヤにいたり……
海底に転がる千切れ藻についていたり(この場合藻ごと流れてしまうんだけど…)……
ゴカイの仲間のものらしき棲管に巻き付いていたり……
冒頭の写真のように、尾を巻き付けているゴカイが花開いていたり。
滅多にないけど時には綺麗なヤギの仲間についていることもある。
藻場やヤギなど隠れ甲斐のあるところについているものは、後日訪ねてみてもまだ同じところに居るということもある。
けれどゴカイの棲管などちょっとしたとっかかりでたまたま休憩しているだけ、というような場合は、次の日もなおそこにまだ居る、なんてことはまずない。
それどころか、観ている前で流れのために「あ〜れぇ〜……」と流れてしまうものすらいるくらいだ。
普段からそうやって流れに身を任せているからだろうか、ただその場に居るだけにしか見えない場合もある。
藻の葉の部分が溶け失せ、ランナーだけになっているところについているタツノイトコ。
こうして間近で見ればそこにいることがわかるけれど、砂底の1mほど上から眺めると……
一週間に一度くらいしか掃除をしない独身男性の部屋の床の上に落ちている1本の陰毛とさして変わらぬ存在になってしまう(どこにいるかわかりますか?)。
左下のチンアナゴの穴に気を取られていたら、気づかずにスルーしてしまうかもしれない。
やはりこういったカモフラージュをしている小さな生き物と出会うためには、「そこに何かがいる」と信じているしかない。
信じていると、ときにはこういうシーンにも出会える。
尻尾で互いを支え合うタツノイトコのカップル。
1m上からだと、これまたゴミにしか見えないかもしれない。
ところで、こうしてタツノイトコの写真をいくつか見てみると、基本茶色系でありつつ、時には白っぽかったり、黄色くなっていたりするものがいるなど、カラーバリエーションが豊富なことがわかる。
おそらく周囲の環境に合わせて変化させることができるのだろう。
なので、時にはかなり白くなっているものもいる。
砂の色に合わせているのだろうか。
バリエーションは色だけではない。
成長段階の違いなのだろうか、それとも個体差なのだろうか、オトナには体、特に顔の周辺の皮弁がやたらと発達しているものが多い。
オトナになるとみんなこうなるというわけではなく、同じくらいのサイズのタツノイトコでも、その顔には…
長く発達した皮弁はほとんど見当たらない。
一方、15mmほどのチビでも、皮弁がついていることもある。
やはり皮弁は単に個体差なのか。
もっとも、人生最小級激チビターレともなれば、さすがに見事にツルッツルだ。
10mmくらいのこのチビターレ、出会ったことがあるのは、いずれも4月のこと。
タツノイトコたちは他のヨウジウオ類同様オスが卵をお腹の育児嚢で保育して孵化させる。
孵化した稚魚には「尾ビレ」がちゃんとあって、しばらくは浮遊生活を送るそうだ。
この激チビターレは浮遊生活を終えて間もない頃くらいなんだろうか。
ちなみに同じ季節には、お腹を卵で膨らませた産卵前らしきメスの姿も見かける。
そうかと思えば、これまた同じ時期に、2人仲睦まじく藻場でいちゃついているカップルもいる。
そして6月に撮った↓これは、腹の膨れ具合からして、イクメン中のオスではあるまいか。
水納島の場合4月がタツノイトコたちの恋の季節なら、4月半ばに見られた激チビターレは、いったいいつどこで生まれたチビなんだろう?
まだ見ぬ(確認できぬ?)タツノハトコともども、なんとも奥が深いタツノイトコ&ハトコなのである。