(Hippocampus severnsi)
全長 15mm
この小さなタツノオトシゴの仲間を初めて見つけた当時は、小さなタツノオトシゴの仲間といえば近頃バージバンティと通称されるいわゆるピグミーシーホースくらいしか知らず、まさかそれ以外にもこんなに小さなタツノオトシゴが地球の海に存在するなんてことすら知らなかった。
そのため見つけたときは、今世紀最大の発見でもしたかのごとく、体内から窒素を追い出す勢いでアドレナリンが充満しまくったものだった。
ところが、色めき立って浮足立ったワタシが当サイト上にて報告したところ、当時すでに世間(のごく一部)では、この魚の存在は当たり前のように知れ渡っているということが瞬く間に判明してしまった。
個人的今世紀最大の発見は、あっという間に露と消えた。
その後この小さなタツノオトシゴの仲間は、その存在がさらに広くあまねく知られるところとなり、さらに同サイズのタツノオトシゴの種類が他にも次々に発見されるようになっていた。
一部にはその後キッチリ和名がつけられたものもいるようながら、依然としてどれがどれを示しているのか紛らわしい通称が錯綜しているなか、冒頭の写真の小さなタツノオトシゴは、一部で「ゴルゴニアン・ピグミーシーホース」と通称されているものであり、Hippocampus severnsiという学名で記載されている種類らしい。
でも学名というギョーカイ用語はアカデミック変態社会言語だし、何がゴルゴニアンなんだか意味不明だし、わけのわからない英名よりも、覚えやすい和語で区別したほうがわかりやすい。
というわけで、当店ではこのチビチビタツノオトシゴのことを「タツノカクシゴ」(仮名)ということにいたします。
えー、ポリコレ的にまったく不適当な用語なので、間違って他所で開陳したりしないよう、お気をつけください…。
さて、勝手に仮名をつけはしたものの、だからといっていつでもどこでも出会えるというわけではないこのタツノカクシゴ、その後人生2度目の出会いは、ボートからエントリーした直後に訪れた。
眼下の海底付近を、この小さな体がフラフラ〜と漂っていたのだ。
タツノオトシゴの仲間はたいてい同じようながら、姿勢を保ちつつこのままプイィィィィィ…と進んでいく様子が面白い。
こうしてプイィィィィ…と移動しつつ、尾で掴まれるようなものにたどり着くと、器用にクルリと尾を巻いて定位するタツノカクシゴ。
流れに合わせてクネクネしつつ、能動的に海底を物色し、何か目当てのものがいると、シュッとパクついていた。
こうやって止まってくれていると見やすい。
おりよくオタマサが、案内中のゲストとともに近くにいたから呼んでみた。
とはいえその日のゲストは、ダイビング経験ほんの数本の方。
じっくり間近で観られはしても、ダイビングを始めて間もないというのにいきなりこんな小さなものを見せられて、そのゲストもさぞかし当惑されたことだろう……。
観たいからといってそうそう会えるわけではないタツノカクシゴ、それから3年経った2013年には、夏からひと月ほども同じ場所に居続けてくれた子がいた。
同じ場所に居続けているとはいえ、狭い範囲で移動はしており、やはりプイィィィィィィ…と移動する。
夏の間にひと月も居てくれたものだから、この子は随分多くのゲストに観ていただけた。
翌年(2014年)の春には、思いがけないタツノカクシゴ・バブルが訪れた。
根の傍らとはいえ、ほとんど砂地だけ同然のところで発見したのが、冒頭の写真の子だ。
砂粒にまぎれてたまたまピンと出っ張っているだけの1本のナガウニのトゲについていた。
前年は夏に会えたこともあり、その後も目を皿のように探し続けても全然会えなかったのに、こんなところに無造作にいるものだったのか?
このような場所でそんな弱々しいものについていたら、激流がきたらあっという間に居なくなってしまうだろうなぁ…
…と思いつつあたりを見てみると、驚いたことにすぐそばにもう1匹の姿が。
お腹が大きいところを観ると、卵を保育中のオスなのだろうか?
お腹が大きなほうはカメラを向けてもその場を離れないのに対し、お腹が小さなほうは、カメラを向けるとすぐさまその場を離れてフラフラフラフラしていた。
といっても、流れに身を任せて漂っているように見えつつ、お腹が大きな方がいる周辺からそれほど離れることはなかった。
きっと2匹はペアなのだろう。
そうやって、おそらくメスであろう身軽なほうがウロウロしている時、2匹が寄り添う瞬間が!!
これは千載一遇のチャンス!!
しかし。
この束の間の大チャンスに、バッチリのツーショットを撮ること叶わず…。
ワタシに神が下りてくることはなかったのだった。
こういうことがあったので、なんだ、フツーにいるんじゃん…
…と思いかけたのだけど、その後2020年5月に至るまで、パッタリ消息を絶ってしまったタツノカクシゴ(仮名)である。
やはり仮名が仮名だけに、日の当たる場所に出にくくなってしまったのだろうか……。
※追記(2020年12月)
今年(2020年)6月に、久しぶりに再会を果たすことができた。
しかもこれまで何度か出会ったことがあるなかで、人生最小記録を更新。
なにしろこんなに小さい。
左に見えている指示棒の直径が6mm。
このサイズで海藻に尾を絡めて縮こまっているタツノカクシゴなんて、もはやクラシカルアイの機能的限界を超えている。
にもかかわらずこのゴミ屑のようなものが魚であることに気がついただなんて、この瞬間だけワタシは神懸かっていたに違いない……。