水納島の魚たち

タツウミヤッコ

全長 20cm(写真は3cmほどの幼魚)

 学生の頃のワタシは、タコ主任をはじめとする友人が多数所属していたサンゴ研と称される研究室に、よく暇にあかせてプラプラ遊びに行っていた。

 だからといって、サンゴや魚についてアカデミックな議論を交わすなんてことがあるはずはなく、どうでもいいことをあーだこーだとただくっちゃべっていただけなんだけど、ときには魚類分類学の大家であるY先生からいろいろとお話をきかせてもらったりすることもあった。

 その流れで、先生所有の数々の魚のホルマリン漬けサンプルを見せていただいたりもした。

 分類の研究者は基本的にマニアックな人たちで、その先生も例に漏れない。

 まったく研究に着手していない数多くの標本を眺めては、ニヒニヒニヒと微笑を浮かべつつタバコをふかしていたものだった。

 そんな標本群のなかには当時未発表のサンプルも数多く、

 「これは最近慶良間で採集されたやつですわ」

 と先生が見せてくれた魚は、驚くべき姿をしていた。

 ヨウジウオの仲間なのに、まるでナウシカに出てくる腐海の森の蟲のごとき翅がヒラヒラついているのだ。

 さすがの先生も心ときめいているようであった。

 「なんかいい名前はありませんか?」

 と冗談めかしく我々学生たちに訊いていたっけ。

 それから何年後のことだったろうか。

 あの時見たオドロキのヨウジウオに、いつの間にかキチンと和名がつけられていた。

 その名もタツウミヤッコ。

 しかし、和名の提唱者も分類学的研究も、件の先生の手によるものではなかったのであった。

 きっと標本を眺めながらニヒニヒ笑っている間に、後進の研究者に先を越されたに違いない。

 ヨウジウオとは思えないこのかっこいい皮弁、特に顔付近の皮弁は、成長途上の幼魚〜若魚期に発達のピークを迎える。

 残念ながらその後は、体の皮弁ともども、成長するにつれて小さくなっていく。

 これで全長10cmくらい。

 クリーム色〜黄色系統だった体色は、すっかり黒く変化している。

 ここからさらに成長してオトナになると「あ、皮弁の名残りね………」という程度の存在感しかなくなる。

 これで20cmほど。

 もはやこうなると、ただのぶっといヨウジウオだから、その姿だけを観て幼魚の姿を思い浮かべるのはムツカシイ。

 幼魚の頃のタツウミヤッコは、その皮弁を利用しているのか、フワッと浮いて低空飛行で移動することもある。

 能動的か受動的かはともかく、流れに乗ることも多いのだろう。

 そのせいでなかなかひとところには定住してくれない。

 それに対しオトナは宙に浮くことが無くなるからか、一度見つけたところにそのシーズンの間ずっと居てくれたことがある。

 もっとも、幼魚に比べると姿形が地味なこともあって、オトナと出会って喜ぶ方は多くはない。

 そうはいっても幼魚に比べれば遥かに出会う機会は少ないから(石をひたすらめくっていたら出会えるかも…)、レア度でいうなら幼魚よりもオトナのほうが高い。

 幼魚には、毎年1、2匹出会う機会はある。

 これまでの個人的ミニマム記録は↓こちら。

 スーパーファインの砂粒と比してこのサイズだから、いかに小さいかおわかりいただけよう。

 さらに具体的なサイズ比較が必要な方のために……

 人差し指対人比。

 さすがにこんなに小さいと、流れが強いときには、たちどころに他所に飛ばされてしまうのだろう。

 これよりももう少し成長している3〜4cmの幼魚と出会う機会が最も多く、クラシカルアイでもこのサイズなら、その様子をじっくり観察することができる。

 観ていると、小さな小さな甲殻類などを食べているのか、海底にいる彼らは、かなり熱心に海底をサーチしている様子がうかがえる。

 時には宙に浮いて移動しながらも、海底をサーチし続けていることも。

 そして目当ての獲物を見つけると、素早い動きでシュッと飲み込む。

 ただ、彼らの口は突き出た吻の上側で開くようになっているから…

 底にいる獲物をゲットする際には、いちいち首を捻って横向きにならざるを得ない。

 その器用さは拍手ものではあるけれど、食性と進化の果ての形態がいまいちミスマッチなような……。

 オトナになって石の下に潜り込むようになれば、天井の獲物をゲットするのに便利ってことなのだろうか。

 とにもかくにもタツウミヤッコ、ひとシーズン潜っていてもそうそう出会えるわけではないので、運よく出会えたら是非じっくりご覧ください。