水納島の魚たち

トゲダルマガレイ

全長 20cm

 白い砂が広がる海底を何の気なしにボーっと漂っていると、目の端に何かが見えることがよくある。

 トゲダルマガレイと出会うのはそんなときだ。

 目の端に触れた途端サッと注視してみると、大きな目をキョロキョロと動かしている彼の姿がある。

 彼らの眼は上下に多少の出し入れができるようで、あたりを見回すときは上の写真のようにニョキッと出ているけれど、「ワタシは砂底…」とばかりにカモフラージュしてジッとしているときは……

 目立たないよう引っ込ませている。

 目をニョキッとだしてジワジワと這い進んでいるときは、すぐそばにもう一匹いる、なんてこともよくある。

 2匹でいる彼らはたいていオスメスで、ダイバーが迂闊に近寄る直前まで、オスはしきりにメスの気を引いていたはずだ。

 ちなみに、水納島は砂が白いから、そこに暮らすトゲダルマガレイも白っぽいけれど、海底の砂の色によってはもっと濃くなっているようだ。

 砂地の濃淡がどのようであれ、なにげにフクザツに散りばめられている彼らの模様は、砂底に溶け込むうえで抜群の隠蔽効果を機能させている。

 ↑どこにいるかわかりますか?

 本来トゲダルマガレイの体色は模様の色がもっと青く、桟橋脇あたりの砂泥底環境で観られるものはわりと色が出ている。

 それが砂地のポイントの白い砂底となると、カラフル模様では目立ってしまうので、地色と併せ模様の色まで薄くなっている。

 隠蔽効果は十分すぎるほどだ。

 ところが、このままの色であればヒッソリと暮らしていけるだろうに、時によっては目とその周辺を随分黒ずませていることがある。

 どうやら興奮色らしい。

 他の魚の興奮モード同様、彼らもすぐに色を変えることができる。

 とはいえ、せっかく隠蔽効果抜群の体なのに、目元を黒くするとけっこう目立ってしまう。

 目立たないようにする工夫と、目立つための工夫との間で、彼らは絶えず葛藤しているに違いない。

 目立たねばならないときといえば、メスへの求愛行動のとき。

 彼らの求愛はおもしろい。  

 オスは自慢の長い胸ビレ(上面のヒレ)を立てたり倒したりをくり返しながらメスに接近するのだ(メスの胸ビレは短い)。

 つれないメスは逃げたりすることもあるけれど、気のあったカップルだとメスはその場にとどまり、長い時間オスのポーズを楽しんでいる。

 一方、同じようにオスが胸ビレを立てはしても、相手がオスの場合は話は別だ。

 オス同士が出会うと、本能的に譲れぬものがあるのか、彼らは戦闘モードになる。

 この場合の胸ビレおっ立て行動は、戦意の表れらしい。

 ただしオスはオスでも体格差があると、勝負は一方的に終わってしまう。

 ジワリジワリ動くだけかと思いきや、突如猛然と襲い掛かるその速さ、カレイたちもやるときはやる。

 体格差で勝負がつく場合は瞬時に終わる戦いも、同程度の大きさのもの同士が戦うと、勝負は随分と長引くこともある。

 以下、一連の写真は、ある時に観た大一番。

 まずは気分を盛り上げる儀式から。

 やはり背ビレを立てて決闘開始を告げる。

 そして両者互いに激しく睨み合い……

 目にも留まらぬ速さで激突!

 この一撃のあとすぐさま離脱するパターンが多いのだけど、このときはくんずほぐれつの戦いに発展した。

 お互い強力な武器を持っているわけではない彼らのこと、戦う際には口がモノを言うらしい。

 噛み合ったあとは、力勝負になる。

 おお、海の中では滅多に観られない、トゲダルマガレイの裏側!

 まさにくんずほぐれつの状態で……

 さぁて、勝つのはどっちだ?

 おお、相手を引っくり返して肩がついた!!

 「ワン、ツー、スリー!!」

 そして勝者の凱旋。

 まだ水温が低い4月のことだった。

 あいにくこういうものを撮るためのレンズ装備ではなかったので、モノトーンの冴えない写真になっちゃったけど、熱い戦いの記録を残せたのは良かった。

 別の年の5月のこと。

 周りに同種の誰もいない砂底で、なぜだか普段より体色を濃くしているトゲダルマガレイがジッとしていた。

 胸ビレの長さからして、どうやらオスだ。

 こういう場合、写真を撮ろうと近寄ると、トゲダルマガレイはスルスルスルと向きを変えてしまうことが多い。

 ところが彼は、正面からお顔を拝見しようとどこから撮ろうと、動かざること砂の如し。

 両サイドの背ビレ、尻ビレとも、シュッとすぼめてジッとしている様子がおわかりいただけよう。

 はてさて、いったいどうしたのだろう?

 その理由は、一歩下がって眺めてみたらわかってしまった。

 ジッとしている彼の目の前、吻端のすぐ先の砂底に、ポコッと開いている穴がひとつ。

 これって、チンアナゴの穴なんじゃ??

 どうやら彼は、チンアナゴが出てくるのをジーッとジーッと待っているようなのだ。

 やがてチンアナゴが痺れを切らし、穴からヒョコッと顔を出したら??

 パクッ!!

 とやったあと、一本うどんのようにズルズルズルと飲みこむつもりなのだろうか。

 ああ、その様子を観てみたい、この結果を知りたい!!

 だがしかし、この日この時、ワタシに残された時間はなかったのだった…。