全長 8cm
前世紀から今世紀にかけての数年間、当サイトには「瀬能博士に訊こう!」というコーナーがあった。
今のようにネット上で画像検索すればいともたやすく魚の正体がわかる時代ではなかった当時、手持ちの図鑑で調べきれないものについては、ダイバーのフィールド観察と魚類分類学を結びつけた革命児ともいうべき瀬能氏にお伺いする、というのが(ワタシにとって)唯一無二の手段だったのだ。
ご多忙にもかかわらず真摯に対応してくださる瀬能氏のおかげで、ナゾだった魚の正体が次々に明らかになっていったものだった。
もっとも、ナゾといってもそれはワタシ自身にとってナゾなだけということもあり、なかにはフツーに自分で調べることができたんじゃん…的な、単に瀬能氏のお手を煩わせただけで終わってしまったものもある。
「○○図鑑の○○ページに載っています」というご返信をいただいてしまうと、やっちまった感甚だしく、大変面目ない思いをすることもたびたび。
さて、写真の見慣れないトラギスは、2000年に発見したものだ。
眼を皿のようにして手持ちの図鑑を探してもまったくもってナゾだったから、ただちに瀬能氏にうかがってみた。
ただちに…といっても当時は今とは違ってフィルムで、おまけに水納島在となれば、撮ってから現像が仕上がってくるまでがまた時間のかかることかかること。
現像が仕上がったフィルムをさっそくスキャンし、デジタル画像にしてからすぐさま瀬能氏にうかがってみた。
また瞬殺正体判明案件になってしまうのだろうか。誰もが持っている図鑑に載っているトラギスだったらどうしよう……。
すると、ほどなくして瀬能氏からご返信をいただいた。
「画像、拝見しました。まったく見当もつきません。未記載種の可能性が非常に大きいです。
顔つきや色彩からサンゴ礁の浅所にたくさんいる種々のトラギス類ではなく、深いところにいるアカトラギスやユウダチトラギスのようなたぐいですね。
吻があまり長くなく、背鰭は一続きになっているのが深場のトラギスの特徴です。
今回の画像では背鰭が寝ていますが、別のカットで確認可能でしょうか。
久しぶりにまったくノーマークの魚を見せられて驚きました。これは標本が欲しいですね。伊江島あたりに出没してくれるとありがたいのですが。今度湯野川さんにでも聞いてみます。」
おお、瀬能博士にとってもまったくのノーマークだった!!
お訊ねしてもたいてい当方の不勉強さを露呈してしまう結果に終わってしまうところ、このときばかりは誰にも知られていない魚だったので、ちょっぴりうれしかった。
その後誰かの手で分類学的研究が進められたのか、その結果晴れて名前がついたのかどうか、後日談はまったく知らない。
どなたかご存知でしたらご一報を。
ちなみにこのトラギスは、瀬能博士のコメントにもあるとおり深場の魚で、撮影したのは水深38mほどのところ。
ストロボを当てれば写真のようになかなか赤色がきれいだけれど、その水深では周りの砂地と大差ない色になる。
当時は上の写真の個体のほかに、周辺にはやや小ぶりなものもチラホラ見られた。
なので、たまたま一匹だけ流れ着いたというわけではなさそうだ。
ただしそれから18年経った現在に至るまで、再会は果たしていない。
標本採集していれば、種小名 minnaensisの可能性もあったかもなぁ。
今もいるのか、あの年にたまたまいただけなのか、はたして……。