全長 7cm
かつて都内で勤めていた頃は、ちょくちょく週末に伊豆・大瀬崎の海で潜っていた。
ウミテングに初めて出会ったのも大瀬崎だ。
撮影地:伊豆・大瀬崎@1992年
以後訪れるたびに何度か出会っていたから、まんざら知らない魚ではないと思っていた。
ところがまったくもって不覚なことに、温帯域でしか見られない魚と思いこんでいたため、まさか水納島の海に住んでいるなんて、これっぽっちも考えていなかったワタシ。
なので水納島に越してきて早々、砂底でこの特徴的な姿に出会ったときは、いやはや驚いたのなんの。
7〜8cmくらいと小ぶりながら、天狗の団扇のような胸ビレ、そしてまさに天狗の鼻のような吻端(ちなみに右側が前です)。
砂が黒い伊豆で観られるものに比べて遥かに白いウミテングが沖縄の海にもいるだなんて、きっと世の中の誰も知らないに違いない!
20世紀最大……から数えて243番目くらいの大発見だと思い、鼻息も荒くその時居合わせた人々に報告したのはいうまでもない。
しかし当時出ていた数少ない魚類図鑑でさえ、ウミテングは沖縄にもフツーに分布していることを知ることができたくらいだから、誰一人として驚いてはくれなかったのだった。
それから数年くらいの間は、ウミテングはいるところには普通にいる、というくらいしょっちゅう出会えていた。
ところがその後プッツリと消息が途絶えてしまった期間があって、もう二度とウミテングには会えないのか…と悲しんでいたところ、2007年くらいからだろうか、再びコンスタントに観られるようになった。
それから10年くらいは、これまたいるところに行けば1ペアくらいには会えていたのに、だんだん遭遇頻度が減ってきたなぁと思っていたら、今シーズン(2020年)はついに1匹にも出会えなかった。
個体数の増減には、何か周期的なものがあるのだろうか?
ちなみにビーチの帝王である巨匠コスゲさんによると、夏のビーチでは当たり前のようにウミテングが観られるという。
彼らは本来そういう環境にいるものが、台風か何かで吹き飛ばされたときだけリーフの外の砂地にいる…ってことなんだろうか?
いずれにせよ、通常のボートダイビングではけっしていつでも観られる魚ではないという意味でも、「砂底の珍客」であるウミテング。
オトナはたいていカップルで暮らしている。
この広い海の底に、アナタと私の二人きり……
…という感じで、いつもアツアツカップルぶりを見せつけてくれる。
ちなみにウミテングの口は長い吻の先っちょにあるのではなく、その付け根付近にある。
この位置にある口で、いったい何を食べているのだろう?
そして長い「天狗の鼻」は、何の役に立っているのだろう?
この天狗の鼻は、成長度合いで形状が随分異なり、大きな個体ほど太く立派な形をしている。
逆に小さな幼魚の頃は……
天狗と称するのはいささかおこがましい感がするほどに、ささやかな吻でしかない。
オトナの場合、この天狗の鼻の大小が雌雄差なのか…と考えたこともあったのだけど……
このペアではさほど違いがない。
なかにはこの天狗の鼻が、先天的奇形なのか後天的に傷つけられたのか、変な具合になっているものを観たことがある。
いずれにしてもエサを探すために特化しているようには見えないし、メスにもあるのだからオスの力を誇示するためのものでもなさそう。
ひょっとして、砂底で暮らす彼らの防衛手段なのかも。
というのも、ウミテングをご存知ない方が上から見ると……
…どっちが前なのかわからなくなりそうじゃないですか。
ご丁寧にも、天狗の鼻と尾ビレの付け根が似たような色味になっている場合も多い。
もっとも、外敵がウミテングの進行方向がわからずまごついている間にピューッと逃げられる……ほどウミテングは素早く泳ぐわけではない。
もちろんいざという時はある程度尾ビレを使って急いで移動することはあるけれど、彼らの普段の移動方法といえば、砂底を這うようにジワジワ進む。
手足があるわけじゃないのに、どうやって這っているのだろうか。
それは……
下腹部(?)にある一対の鉤爪状のヒレを使って這っているのだ。
普段は見えないこのヒミツの裏側、ウミテングにゴメンチャイして見せてもらったものなので、良い子のみなさんはけっしてマネをしてはいけません。
でも場合によっては、ウミテングにイヤな思いをさせずにこの歩行用の鉤爪ヒレを観ることができる。
障害物を迂回せずにわざわざ乗り越えようとしているのは、手前側にカメラがあるから…ということは、多少はイヤな思いをさせているってことか…。
オトナはたいていペアでいるウミテングも、チビターレの頃は完全無欠のひとり暮らしで、初夏から夏にかけて会う機会がたまにある。
個体差なのか住んでいる場所によるのか、体色にはいろんなパターンがあるけれど、総じて天狗の鼻が短いから、テングノオトシゴのようにさえ見える。
これらよりもさらに小さいと、たいてい体が黒い。
これまで観たことがある黒チビのなかでも↑これはミニマム記録で、どれほど小さいかというと……
ワタシの人差し指のツメにスッポリ納まるほど。
こんなに小さいとほぼゴミ屑にしか見えないから、外敵には見つからずに済むのだろう。
外敵に対して目くらましをする必要がないから、小さい間は吻が伸びていない…ということなら、オトナの「天狗の鼻」は防御手段である、という話にも説得力が備わりそうだ。