全長 10cm
チョウチョウウオといえば、サンゴからサンゴへ蝶のように優雅にゆったりと泳ぐ種類が多い。
ところがこのヤリカタギは、なんだかいつも慌ただしい。
その慌ただしい泳ぎっぷりも、サンゴが元気でいてくれればこそ。
98年の白化によるサンゴ壊滅を境に、ヤリカタギは一時期まったく見られなくなってしまった。
彼らヤリカタギは、サンゴ、特にミドリイシ類のポリプが大好きで、それらが食べられなければ彼らは生きていけない。
ミドリイシというのは美しいサンゴ礁の代名詞とも言えるサンゴで、亜熱帯の沖縄の海の本来の姿は、リーフ上を覆い尽くすようにこのミドリイシ類が群生している。
だからサンゴ礁が健全であれば、ヤリカタギはどこでもフツーに観られるチョウチョウウオなのに、白化やオニヒトデの大発生などでサンゴ礁が壊滅してしまうと、たちまち生きる術を失ってしまう。
水納島でも、98年のサンゴの白化以後、随分長い間ヤリカタギは幻の魚になってしまった。白化以前はあんなにたくさんいたのに……。
あれから20年近い月日が流れた今、リーフの上ではミドリイシ類が随分復活し、一時は絶滅したヤリカタギたちも、以前のように当たり前に見られるようになってきている。
当たり前にいることしか知らなかった当時はさほど注目することはなかったのに、どれほどたくさんいてもひとたび異変があるとアッサリ姿を消してしまう、ということを知った今では、どんなにたくさんいようともいつも注目している。
いつまでも いると思うな ヤリカタギ。
個体数が多いヤリカタギなので、幼魚も若魚もいつでも見ることができる。
↓こちらは、オトナになる一歩手前の姿。
背ビレ後端に、幼魚の頃の名残りがまだある。
これより小さい頃は↓こんな感じ。
テーブルサンゴの陰から出たり入ったり、チョコマカと忙しげに泳いでいる。
もっと小さい頃は、近寄るとサンゴの枝間からなかなか姿を現してくれないけれど、その可愛さたるや…
オトナと比べれば、まるで別の魚のよう。
今のようにサンゴがある程度元気であれば、シーズン中に潜るといろんな成長段階のヤリカタギに出会うことができる。
でもそれは、何度も言うけどサンゴ礁が健全であればこそ。
縄張り意識が強いヤリカタギは、けっこう排他的かつ攻撃的な性格だ。
でもエサとなるサンゴのポリプが豊富だと、サイズが異なる若者と一緒に過ごしていることもあれば…
ペアでいることもあり……
どういう関係性なのかはわからないけど、3匹……
4匹……
…が一堂に会することもある。
同種だけではなく、ときには同じ嗜好のテングカワハギと一緒になって、食事をすることだってある。
また、ヤリカタギは1匹だけながら、他の多くのチョウチョウウオたちと仲良く同じ場所に集まることもある。
生活の安定が寛容な心を育むのは、ヒトも魚も同じらしい。
でもやっぱりヤリカタギにとって最も心地よさげなのは……
広いテーブルサンゴをひとり占め。
それもこれも健全なサンゴ礁があってこそ。
普通が普通のままであるということが、いかに難しく、また大事なことであるかということを、ヤリカタギは静かに教えてくれるのだった。