水納島の魚たち

ヨメヒメジ

全長 25cm

 海中で見るとあんまり派手ではないし、目立った動きをしているわけでもないヨメヒメジ。

 そのため、群れているにもかかわらず、人知れずひっそりと暮らしている感がある。

 しかしそこであえて注目してみると、彼らにはちょっとしたワザがあることを知る。

 たくさん集まって砂地で休んでいるときのヨメヒメジは、たいてい上の写真のように体にマダラ模様が浮かび上がっている。

 ところがその場を去る際にフワッと体を浮かせて泳ぎだすと、このマダラ模様が急速に消えてしまうのだ。

 着底している右端の子にはマダラ模様があるのに、フワッと浮いて泳ぎ始めている左端の子はマダラ模様が消えかけており、すでに浮いている子にはマダラ模様が見えなくなっている。

 このように砂底で休憩しているヨメヒメジたちはたいして遠くまで逃げないので、マダラ模様を出して休んでいるところに接近すると、びっくりさせられてはマダラを消して逃げ、安全を確認したらまたマダラを出しては休み、ダイバーがさらに近づいてきたらまたマダラを消して逃げる、という様子を繰り返して見ることができる。

 このマダラ模様のオンオフは、砂底には瓦礫が多く、マダラ模様を出していれば周囲の瓦礫の陰影と同じように見え(海中では赤色は目立たない)、底から離れて泳ぐ際には周囲は背景が白いから体を白っぽくしたほうが目立たない、ということだろうと思われる。

 ヨメヒメジたち、地味ながらも隠れたところで工夫をしているのだ。

 地味地味とはいえ、このヨメヒメジはオジサンの仲間の中では随分細長い姿形で、写真のように群れになって砂底付近で編隊を組んでいるときなどは案外かっこいい。

 我々が水納島に越してきた95年からしばらくは、砂地のポイントでヨメヒメジたちが20〜30匹群れて寝そべっている(?)のをごくごく普通に観ていた。

 ところが今世紀になってからは、出会うたびに「久しぶり」と思うようになり、そして気がつけば2009年以降は一度も会っていない。

 以前は普通に観られたのに、いつの間にやら姿を消してしまった魚たちが、ジワリジワリと増えている近年の水納島。

 彼らヨメヒメジもまた、人知れず姿を消してしまった自然の一部なのだろうか………。

 追記(2020年4月)

 今年(2020年)3月、砂地のポイントでポツンと1匹でいる若いヨメヒメジに出会った。

 実に11年ぶりの遭遇だ。

 その昔砂底にたくさん群れていた頃なら、けっしてここまで近寄らせてくれることはなかったヨメヒメジなのに、1人きりなのが寂しいのか元気がないのか、軽く身じろぎする程度で泳ぎ去ろうとしない。

 なのでその体は……

 瓦礫模様状態。

 全然逃げないから、ひょっとして元気が無くてもう泳げないのか……と心配になって無理に近づいてみると、

 あ、泳いだ!

 すぐさま瓦礫模様が消える。

 そして着底すると……

 ヒゲを使って餌を探す動作をしていた。

 精神的に元気は無さそうながら、運動機能は正常のようだ。

 仲間と出会って群れになって、元気になれるといいね。